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誤字脱字だらけの本音。
*
「こんにちは」
「……こんにちは」
明るい笑顔に優しい雰囲気の男性は初めて見る顔だった。
スーツではないことから対象であることが伺えた。
お近づきのしるしにと男はランチを食べていた希偲のテーブルに唐揚げを一つ置いて去っていった。
「というわけで、神谷さん知ってますか?唐揚げさんのこと」
「あー、それね。多分下野くんだよ。希偲ちゃんの二つ上の階 6thFloor room5 に住んでるんだ。下野くんは無類の唐揚げ好きで唐揚げの資格も持ってる」
最後の言葉はよく理解ができなかったがまあいいとして下野という名前は分かった。入居して一ヶ月が経ちかけてまだよく知らないのは下野とそれから神谷の幼なじみ 鈴村健一と櫻井孝宏のみだった。
「多分そろそろ下りてくるんじゃないかな」
神谷がそう言うと誰かが入ってきた。昨日会った下野と横につくスーツ姿の男性は島﨑と楽しく会話していた。その後から鈴木がダイニングホールに入ってきた。
「あ、神谷さんおはようございます!」
「下野くん梶くんおはよ」
二人は少し早足でこちらに来ると神谷へと挨拶する。鈴木と島﨑はそのままランチを取りに行った。
「あ、昨日の人だ」
「4thFloor Room3 の西彼杵希偲です」
「6thFloor room5 の対象 下野紘と」
「SSの梶裕貴です」
下野は昨日と同じように優しそうに笑う。梶はずっと真面目な顔をしていて仕事をしているといった感じだ。
「希偲、おはよ」
「達央、おはよ」
達央は平然と希偲の隣へと座り希偲の前にランチプレートを置いた。達央の分は島﨑が持ってきてテーブルに置く。
すると、下野が達央の隣に座り梶はランチプレートを取りに行ったようだ。
「裕貴と信長が高校で同じクラスなんだよ」
「あ、そうなんだ。おはよう、信長くん」
「おはようございます、西彼杵様」
前世とは全く違う対応にしょうがないと思う反面悲しさを覚えた。が、それ以上にきっと自分より達央が辛いのだろうと思うと何も言えなくなってしまった。
「そういえば、福山さんは?」
「多分まだ寝てる。あいつ朝弱いから基本的に起こさないし」
「めっちゃ意外だな」
いつも通り何も変わらない朝。笑って他愛ない話をしてそれぞれいつも通りの生活を過ごす。だけど、あの日を思うたびに『何気ない日常は、奇跡の寄せ集めだったんだ。』と思ってしまう。
思い出を持てない自分は何を持っていて何を持ってないかが分からない。なら、いっそ彼らではなく私がすべての記憶を忘れてしまってたら良かったのに思う。だけど、忘れてはいけない。これは呪いだ。何故なら……
(私が忘れてしまえば彼らが思い出してしまう。すべてを。)
それだけは避けなければいけない。来る日が来るまでは絶対に。
「おはようございマッスル!」
「D、近ちゃんおはよ」
「希偲、潤はまだ寝てんの?」
もう少しだけどうか、この時間を私にください。ちゃんと元に戻して、ちゃんと返すから。愛も何もいらないなら。
ちゃんとあの日に全て返すから。
「うん、だって寝起き機嫌悪いから触れたくない」
笑え、私
「そんな事言ってやるなよ」
「はい、近ちゃん。朝ごはんはちゃんと食べなよ?」
泣くな、私
「ありがとう、大ちゃん」
嘘を吐け、私
「じゃあ、近ちゃんとDが潤のこと起こしに行ってよ」
「え」
私は前に進んではいけない。彼らの仲間じゃない。
笑え、泣くな、嘘を吐け。私は彼らから居場所を奪い、彼らの居場所を無くした罪人。
(だから、やっぱり私は一人にならなきゃいけないんだよ)
*
「手錠の跡ついちゃったね、ごめん」
「すがぽん、DVに走らないでね」
「うん」
君といれば笑っていられる。昔みたいにいられる。あの頃に戻ることが出来る気がする。あの七人のときの様に戻れる気がするよ。
「また還るの?」
「うん」
「俺がいなくならないでって言っても?」
「うん」
だから、やっぱり俺はここにいちゃいけないんだと思うんだ。
彼らの魂を浄化して、元の世界に戻ったら俺は……
(また歴史が繰り返さないように頑張るよ)
例えそれが無駄だとしても。
「すがぽんがいなくなったら俺誰といたらいいの?」
「みんなの所に戻ればいいよ」
「……無理だよ」
優しさの塊と怨みの塊の自分たちは正反対すぎてどちらにも染まれない。いっそ彼の優しさに染まることが出来たらこんな不毛なこと止めれるのかもしれないと無い希望に縋る。
「俺はすがぽんを一人になんてしないよ」
「うん」
涙が流れるのなんて気付かないフリをしてきたのにどうしても君が拭ってくれるから、逃げなくても逃げられないよ。
お願い神様、どうか彼だけでも助けて……
*
「鈴、どうしたの?」
「西彼杵さんの死期が見えた。三ヶ月後に」
「……また歴史は繰り返すってこと?」
その言葉は何度使われてきたのだろうか。その言葉は何度人々を泣かせてきたのだろうか。
「俺は狩らないよ。どうなるかは分からないけど。もしかしたら今回こそ運命が変わるかもしれない」
「毎回同じこと言ってるよな、健一は」
あの日彼女は目の前で愛する者全てを殺された。親とも引き離され、巫女という体のいい名前の生贄として生かされ、最後に最悪の死を遂げた。
あの日9人の男が殺されて、一人の女の子が死を自ら選んだ。
さあ、生きてた頃の話をしようか。まだ、僕らの心が生きていた話を。
*
「希偲」
「近ちゃん、どうしたの?」
「まだ何を抱え込んでいるの」
まっすぐ見たその瞳が心臓を貫いてきて少し息苦しく感じた。けど、彼女は優しく笑うばかりで自分の気持ちをさらけ出すことは無い。
「何もないよ、大丈夫。何もない」
その言葉はまるで願うような口ぶりで、けど自分には彼女が何を誰に願っているか分からなかった。
彼女は何も覚えていないのに、全てを知っているように話し笑う。
「もう少しでちゃんと元通り」
そう言って微笑んだその顔には悲しさと儚さとそして終わりが見えたような気がした。
*
「昔はさ、10人仲良く幼なじみだったのに」
「それは言わない約束ですよ」
「間島くんは大事なこと忘れてるんでしょ?」
菅沼の前に座る男は楽しそうに笑う。金髪に黒縁メガネ黒でまとめられた服装はまるで悪魔のよう。けど、目の前の男は正真正銘自分の親友だ。
「立花くんとすがぽんと俺。あの頃は何も覚えてなくて何も知らなくて楽しかったよね」
何も縛られずに楽しかったあの日々はいつの間にか終わってしまった。正真正銘三人だけだったあの時間。進んでいくうちに結局いつものメンバーで一緒にいて立花の隣は盗られてしまった。
「これは俺のエゴだから……」
「だから、間島くんには戦線離脱して欲しかったんだ」
「そうだよ」
それに今自分が愛しているのは……
「滑稽滑稽、ほんとにすがぽんのそういうとこ好きだよ。俺はこのセリフ何回言えばいいかな?」
「何回言っても無駄だって言って……んっ」
襟を捕まれされた強引なKissは甘さの欠片もなくてただただ苦しかった。彼が囁く言葉は何度聞いたのだろう。転生する度に嘘を重ね擦り切れそうな心を彼に委ねてまるでメビウスの輪のように同じことを繰り返している。
「……もう俺にしとけって言ってんだろ、久義」
「うるさいよ、ばか」
お互いの吐息が触れるほどに近くて、でもどうしてこんなにも心は遠くなったんだろう。年的には一つ上、学年的には二つ上の彼は今の自分にとってなんて言う存在なんだろう。
昔の自分にとってなんて言う存在だったんだろうか。
*
【リューカデンドロン】 花言葉:沈黙の恋、閉じた心を開いて
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