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File.√11
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世界でいちばん最後の嘘
*
【過去】
「祥朗も巻き込んじゃったね」
「そりゃ、嫁が連れてかれるのに黙ってられるかよ」
「姫巫女は当主になった瞬間20歳までの寿命なんだよ。母も祖母もそうだったから。祖父も私が当主になる直前までここにいたって」
寄り添う温もりに彼女は少しずつ衰弱していくのが分かる。優しさも厳しさも苦しみも全て隣で見てきたからこそ見放すことも何もしないままでいるのも無理だった。
「祥朗、ありがとう」
「何が?」
「一番は久義のこと愛してくれて、かな」
何故だか愛おしそうにその話をする彼女の息が規則的ではなくなっていく。体温も下がっていく。それでも笑う彼女は、絶対に泣かない彼女は愛おしそうに自分の弟たちの話をする。
「私がいなくなって解放されたら久義のことお願い。私の一生のお願いね」
「ばか、言われなくてもそうするに決まってるだろ」
お互いに握り合う手には力がほぼほぼ入ってなくてこちらが力を抜けばいとも容易くほどけてしまいそうだ。
このとき、思ったんだ。外に出て例え責められても彼女のように強くあろうと。例え辛くても彼らのために笑っていようと。
「希偲」
呼びかけに誰も反応しない
「希偲」
左半身に寄せられた体が重い
「なあ、ってば。返事しろよ」
視界が歪んでいく。分かっている。
「.....希偲」
手を解き抱きかかえるようにして抱きしめた。閉じた瞼はもう開かない。鍼治療の跡がいくつも腕にあって痣のようだった。痛々しくて見ていられなかった。
頭を自分の胸に埋め髪の毛に涙をこぼしたとき扉が開いた。入ってきた八人はこちらを見ていた。けど、こちらは八人を見ない。だって.....
『俺も、もう死んでいるから』
「姉上様?三浦くん?何してるの?また、イタズラしようとしてるの?ねえ、返事してよ」
矢継ぎ早に喋る菅沼。正確には身体は生きているけど心は死んでしまったから。息をしないその体を抱えてこれから生きていくと決めたばかりなのに、彼女がもう笑わないと分かった瞬間胸が締め付けられた。
「久義、どけっ!」
小野が菅沼をどかし、希偲の腕や顔を見る。そして、振り返り近藤を呼んだ。
「孝行、姉貴をこの世に連れ戻せ。今死ぬなんて許さない。まだ、息が止まって時間は浅いはずだ」
「でも.....」
「頼む。俺の最初で最後の頼みだ」
近藤はため息を吐くと懐から鍼を出す。そして、希偲の首元へと座る。近藤が鍼治療を始めると日野が横で補佐として手伝いを始める。
そして、最後の鍼を刺したとき.....
「かはっ.....、げほっ」
即座に二人は鍼を抜いていく。息を吹き返した希偲は虚ろな目をしていてぼーっと虚空を見つめていた。
微かに焦点が一致したとき福山が希偲を抱きしめた。
「あ、れ?私なんで.....」
「姉上、迎えに来たよ。逃げよう」
希偲は少し困ったように笑って、しょうがないなぁ、と言った。
*
「昌也いいの?」
「お前こそいいのか?小野のこと」
「小野くんは若すぎるよ、過去のことも覚えてないし」
小野坂は少し大袈裟にため息を吐くと神谷を抱きしめた。
近い未来彼の手を離さなければいけない。そんな事を考えるだけで未来など訪れなければいいと思っている辺りもう無理かもしれない。
「今ならまだ間に合うぞ」
「何に」
「あいつを救うのに」
神谷は羽織りを脱ぎ捨てると妖化し、部屋を飛び出た。まだ間に合うだろう。彼の想いも、この手を離すことも。
*
「うちの家ってこんなに人多かったっけ?!」
「久義、潤のことちゃんと見ててよ!」
【浄化せし不浄の魂 現在(いま)をもって 去ね】
追ってくる者達を気絶させる程度に倒して走っていく。何も考えてないし、この先どうなるかなんて知ったこっちゃない。
だけど、今変えなければ変わらない。全員がそう思ってて。
「ぐはっ、.....くっ」
「立花」
「久義!先に行け。すぐに行くから」
立花はそう言ってみんなに背を向けた。だが、立花が突き飛ばされた。久義が立花を受け止める。
立花を突き飛ばしたのは日野だった。
「しんちゃん、菅沼くんのこと守ってあげなよ。専属守人だろ?」
「日野くん、何やって.....っ」
「菅沼くん、俺は君のこと大嫌いだったよ」
そう言って笑った日野は地面に手をついて何か言うと樹木が生い茂り日野と他の九人の間に壁ができる。
叫び日野の元へと駆け出そうとする立花を菅沼が無理矢理押し止める。
「日野くん!日野く.....っ、久義離して!」
「ダメだよ、しんちゃん」
「洋貴と祥朗、二人のことお願いね」
「希偲、何言って.....」
希偲は今世初めて妖化する。青い巫女装束に青い薙刀。凛々しいその姿は正に当主、姫巫女という言葉が似合っていた。
髪飾りに付けられた鈴が歩くたびに鳴り響く。魅入る六人を三浦と安元が連れていく。
「姉上!」
「潤、久義。いつもの空の下に三時間だけ待ってて。それでも私が来なかったら逃げて。どこまでも」
優しく笑った美しい姫君は八人に背を向けて樹木の中へと姿を消した。
*
「日野ちゃま!お待たせ」
「お前何して.....」
「いやぁ、見捨てられないしさ」
日野は泣きそうな顔をしてすぐに顔を背けた。
ある日、産まれた二人の赤子。片方は純正なる才能に満ちた姫巫女候補。片方はまがい物と血が混じった強力な力の持ち主。
二人は別々に育てられ歳すら偽りのものを教えられて育った。
兄は『座敷童子』と『鬼』の混妖
妹は『金鬼』に進化するであろう『赤鬼』の純妖
嘘をつかれ今では何が真か分かりやしない。だが、齢14にして見つけた書物には描かれていた。妹は半年早く、兄は半年遅く生まれたことにされていたこと。混妖、純妖、先祖返りについて。
「弟がそんなに憎いの?」
「ノーコメント」
「奪っちゃえばいいのに。聡も、祥朗も」
そんな事を言われ唐突に希偲のほうを見たが見えるのは凛々しい背中だけで表情は読めない。
きっと、囚われるのは今日からで明日からの自分はもういない。
「我が名に従えし 『赤鬼』 今この時をもって改名する」
青い巫女装束は形を変え金色に煌びやかな和装へとなっていく。美しく金箔に縁取られた目元、紅く塗られた唇、それ以上に凛々しい眼差し。手には金色の薙刀。
『金鬼』
黒い美しい髪の毛が根本から金色へと変わっていく。眉毛やまつ毛すら煌びやかな金へと変わりゆく。
「さすが、当主 金鬼様」
「何なら久義は全部銀色だからね」
楽しそうに笑う彼女はたったひと振り薙刀を降るだけで大きな風を生みやって来る敵たちを薙ぎ倒していく。
日野も負けじと樹木や草木によって敵を倒していく。
「なぁ、」
「何?」
「しんちゃんに言っといて。もし、いつかもう一度十人揃うことになったら俺は菅沼を殺してでも奪うって」
そう言って笑う日野は新しく派生させた枝によって希偲を捕まえて壁の外へと追いやった。そして、樹木の壁の隙間を埋めより強固なものにする。
「日野ちゃま!ダメだって!」
「希偲!ちゃんと伝えとけよ!」
「.....っ、兄さん!」
*
「何ここ」
「姉さんが自分の兄と昔よく来てたんだって」
「希偲に兄なんて居たか?」
「さあね」
口々に話をしながら座り始める。そこはぎりぎり屋敷の敷地内で木々が生い茂っており入口も知る人ぞ知ると言ったような形で容易には分からないような設計だ。
「そのお兄さんは亡くなったんだって。あまりにも力が不十分で純正なる才能ではなかったって」
「純正なる才能?」
「姉上や俺たちは一昔前の妖と人間が交わった中両性を持って産まれた者の先祖返りらしい。ただ、実際は姉上しか覚醒してないみたい」
純正なる才能。それは生まれたときから若干でも妖に性が寄っており覚醒した状態の者。それは百年に一度の逸材と言われ奉られた。
「だからこそあの若さで俺たちを守れたんだろうけど」
話が途絶え沈黙が始まろうとしたとき入ってきた方から物音がした。皆そこ一点を見つめた。入ってきたのは.....
「し、んちゃん.....」
ズタボロになった日野だった。立花が急いで駆け寄る。だが、既に呼吸は浅く傷は深かった。血液もどんどん溢れてくる。
「日野くん?今、止血するから.....」
「そんなのどうでもいい」
日野は立ち上がると安元の前に立ち塞がった。二人はまっすぐとお互いを見つめ合う。
「先ほどの敵が差し向けたのは安元さんだと言った」
「.....安元さんが?!」
安元は真顔のまま日野を見つめ、日野の話ではなく全く違う話をし始めた。そして、ある問いを持ち出す。
「日野さ、何でここが分かった?姉弟である三人以外は誰も知らない場所だった」
「それは.....」
苦い顔をした日野。だけど、それに答えたのは日野ではなく違う人物だった。
「それは私と日野ちゃまが双子の兄妹で、ここは私と兄さんが見つけた場所だからよ」
「聡と姉上が兄妹.....?!」
横はまるで塞がれているのに上はポッカリと空いていて日が昇る間は綺麗な青空、夜になれば綺麗な星空が見えた。
だから、ここは『空の下』と名付けた。いつもの空の下にと言って待ち合わせて話をしていた。ずっと、ずっと。
「ここを空の下と名付けたのも兄さん。知ってても不自然なことはない。だけど、洋貴。どうして追っ手からあなたに指令されたという話を聞かれたの?」
「.....それは、俺が【四獣神家】の人間だからだよ。宗家、分家当主と前宗家当主の正室を無事に本家へと連れ帰ること。そして、それ以外のものは皆殺していいと言われた」
刀を抜く安元。日野はゆっくりと木々を動かす。希偲は他の七人に逃がし始める。だが、そうやすやすと逃がしてくれるわけもなく安元は懐から吹き矢を出した。
「.....ちっ」
「お前何して.....」
「大輔様!」
最初に狙われたのは小野だった。だけど、それは小野には当たらなかった。小野を庇ったのは一年半前祭りで会った小野坂の正室となる男性だった。が、今は女性だった。
「あんた、何して.....」
「.....大輔様。お慕いしておりました」
優しく笑う彼女は大きく咳込み吐血する。小野は彼女を深く抱きしめる。彼女は幸せそうに笑った。
そして、死体は灰となり消えていく。影を形も残りはしない。
「.....洋貴、いつから嘘ついてたの」
「お前が当主となった日、俺がお前の専属守人になった。あの日俺は六年後お前を殺すことを約束した。お前の父親と」
「何でだよ、お前は希偲を.....」
安元は希偲の言葉も三浦の言葉も、もう聞き入れない。構え直された刀は希偲へと向けられた。そして、希偲も薙刀の鋒を安元へと向けた。
「.....ばいばい、洋貴」
希偲だけが気づかなかったこと。安元は希偲も誰も殺す気は無かったこと。三浦が攻撃を仕掛けようとする希偲を止めた。その時安元の心臓を日野が貫いたと共に日野の心臓を安元が貫いていた。
「炙り出し成功っての?裏切り者はお前だろうと思ったよ、聡」
崩れ落ちたのは安元だった。その数秒後日野も倒れる。そして、二人とも灰になった。
*
「ごめんね、近ちゃん。こんな大仕事を1200年もの間させちゃって」
「どういうこと?」
「ごめんね、みんな。私が記憶を欠落し続けたのは六人の記憶を持ってたから」
ふと、六人は眩暈がしてしゃがんだ。まるで走馬灯のように流れた記憶は各々の視点から見ていた過去。何代にも渡って封印され続けた最悪の過去。
「私がいるからまた嵐の渦中へと誘われる」
当主となる姫巫女は厄災の証。彼女がいる限り何度でも厄災は訪れる。そして、姫巫女は必ず名付けられる。
【きりん】
と。それは穏やかなる獣神 【麒麟】 の意。
厄災なく穏やかにと名付けられる。が、そんなものは意味をなさない。だから、それを仲間たちが蓋をする。
【四獣神家】である[龍神][猫神][大蛇]たちが。
「やっと、見つけた。姐さんお久しぶりです」
「遅いよ、信長」
冷たい笑みに心が凍りつくような、そんな気分。何年も何十年も何百年も終わりを迎えようとしてきた自分たちは最後の時すら自分で決められない。
「四獣神家 猫神 島﨑信長」
「四獣神家 大蛇 安元洋貴」
「厄災 姫巫女 西彼杵希偲 もとい 麒麟をこの時をもって完全に排除する」
抵抗はしない。だって、誰よりもこの時を待っていたのは『私』なんだから。だけど、いつも何かが邪魔をする。
「小野くん!」
「.....?!、神谷さ.....っ」
貫かれたのは『私』ではなく『彼女(彼)』だった。そう、いつも彼(彼女)だった。終わることをいつも遮ってくるのは。
*
神様はいつも理不尽だ。
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