アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
9
-
「もっ…からかわないでっ」
「べつに。さっきのはからかったわけじゃないけど」
「…え?」
シンは涼しい顔で眼鏡をかけ直す。
ふんわりと微笑み、呟いた。
「ううん、…なんでもない」
ベッドから立ち上がり跪いたシンの掌から、僕の掌へと温度が伝わってゆく。
「それよりさ」
「今日、明日は俺の部屋に泊まればいいけど…月曜から、どうするの」
…そうだ。別れたからといっても僕と夕はルームメイト。それに変わりはない。
荷物は全てあの部屋にある。…もちろん部屋を出て行くなんて、できるはずもなくて。
「寮監の抜き打ちもあるし…」
「…戻るよ」
「でも…」
握られた手が震える。
きっと夕は分かってくれるはずだ。…むしろ怖いのは、抑えられない自分。好きな人との境界線を、自ら引いたその線を今にでも飛び越えてしまいそうな自分。
「今日は泊めて…明日には、部屋に戻るから」
「全然大丈夫だよ。大丈夫だけど…ひぃは大丈夫?」
「うん。ありがとう。…自分で…決めたことだもん」
「…そう」
声、震えてる。
耳元で聞こえたその声に顔を上げれば零れ落ちた涙。
頬を伝ったそれを拭う手に擦り寄る。
親友の手はあくまでも優しく、あたたかだ。
「さ、朝陽…ご飯を食べて。今日はもう布団に入ろう」
受信を確認したのは、夜ご飯を食べてベッドにもぐりこんだ時だった。
「あ…」
姉さんからだ。
何だろう、そんなほんの少しの興味のなかに、今は見たくないという気持ちが色を差す。
「…ひぃ?どうかしたの?」
床に敷かれた布団で寝転がるシンは声だけをこちらに寄越した。
「ん、メールきてて」
「…雛森?」
「姉さん。…見るの、なんだか怖くてさ」
布擦れの音がして、ベッドに腰掛けたシンの掌が瞼を覆う。
「見なくていいよ」
「今は、見なくていい。…早く寝よう?」
冷たい重みが消える。
シンが携帯を取り払ったのだ。
「しん…」
「ん?」
「ベッド、変わろうか」
「大丈夫。それにお客様を床で寝かせるわけないでしょ」
「でも………………じゃあ、」
シン1人だけが生活する部屋は酷くさっぱりしていて、どこか生活感が無い。思い入れという名の記憶が無いからというのもあるけれど―・・・そこから湧いて出た寂しい気持ちを埋めることができなくて、隣で眠ってくれるよう僕は頼んだ。
じゃあ床に布団を敷こう。そこに俺が寝るからと言ったシンは何故か不機嫌な顔をしていて。
それは一瞬だったけれど、やっぱり地べたは嫌だろう、そう思った僕は食い下がる。
「狭いけど、隣で寝ない?ベッドに慣れてるのに床で寝ると腰が…」
「大丈夫だって言ったでしょ」
「っ…ごめん…」
離れた掌。
笑っていないその瞳を伺うように見つめる。
…深い色。
幾分空白の時間を経て、シンの喉が上下する。
それが呆れたように傾げられた。
「…もう」
溜息が聞こえる。
…無理強いが過ぎたかな。今更そんな考えを巡らせた時、ふんわりと抱き締められた。
「いいよ、隣で寝てあげる」
それは安心できる声色なのだけれど。
「あ…」
「ん?」
「ちか、ちかい」
「でも、朝陽が狭いけど一緒に寝ようって言ったんだよね?シングルサイズだし…しょうがないと思うよ」
「う…」
こういう時のシンは、どこか夕に似た雰囲気を醸し出す。
それに反抗する気にもならない、なれない僕のことをよく理解しているのはもちろん夕だけでは無くて。
「それに、嫌じゃないでしょ?」
静かに頷いて、瞼を閉じた。
首筋にかかる吐息。
夕方よりは安らいだ気持ちをあずけるように僕は微睡んだ。
「おやすみ」
返事はしない。
ゆっくりと沈む意識のなか、シンは囁く。
「愛してるよ…朝陽」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
49 / 97