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幽谷
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「今日の朝ご飯はパンかぁ」
「あ、斎藤…」
「おはよ、伊吹。赤城もな」
「なんだか久しぶりだね、おはよう」
「…ほあよ」
珍しく眠そうな目をしているシンはそう言って、バターを塗ったトーストに齧り付いた。
昨日早く寝たはずなのに…
寝心地、悪かったかな…やっぱり狭過ぎたのだろうか。
「大丈夫?し…」
「雛森はどうしたん?」
「ぁ…」
「雛森なら出かけた」
「…っ…」
「こんな朝っぱらからぁ?元気やなぁ…」
「ね…」
シンが眉根を寄せる理由、それを僕は正しく理解していない。斎藤に注意を向けなければいけないと気を引き締める僕の隣で、剣呑な光を宿すシンの瞳を見ることは叶わなかった。
「今日は暇か?」
「え?僕は別に…予定は無いよ」
「じゃあゲームしにこぉへん?マリカーの1番新しいやつ買ったんやけど」
「へぇ…いいな。赤城はどうする?」
「伊吹が行くなら俺も行く」
「なんやそれ…でっかいオマケみたいやなぁ…まあええわ。1人はもう確保しとるし、これ食べ終わったら俺の部屋な」
「…で、なんでお前らはそんな距離あけてんのや」
蓋を開ければ、ふてくされた水無月君がいました。
「食いもんの恨みはほんまこわいわ…」
「べつにそんなんじゃないし!だいたいあれは斎藤が悪いんでしょーがっ」
「じゃあなんなんや…」
助けを求められても困る。
不覚だった。斎藤に確保された“1人”が水無月君だってことは、なるほど少し考えれば簡単だったはずだ。
(……気まずい………)
きっと彼は、僕と夕がまだ…
滑るコントローラーを握り込んで、笑顔をつくる。
「僕はあけてるつもり、ないんだけど…」
「……ふん」
「あーっ!もうええわ!はよやろうや!」
ふわふわで、明るい茶色の髪の毛が揺れる。
『朝陽の黒い髪、好き。サラサラで綺麗』
「―・・っ!!」
何優越感に浸ってるんだ、僕は!
「伊吹、はじまるよ?」
「えっ」
「ゲーム」
「あっ、…ごめん」
「…大丈夫?元気…無い?」
斎藤と水無月君が騒ぐ中、僕を覗きこむ赤城の顔は“シン”のもの。
「いい機会だし、とりあえずいろいろな事…柵(しがらみ)は忘れて楽しもうよ」
こうしてまじまじと見てみると、他の人と接する時には見せないシン特有の甘さに気が付く。優しい親友の存在を改めて実感した僕は涙を堪えて笑った。
「うん」
「……っ」
瞬間、息を呑むシン。
何か変なことを言ったかな。
うん としか返していない僕は首を傾げる。
「?」
「っごめん、なんでもない」
「いぶきーっはよぉキャラクター選択してぇや」
「あ、ごめんっ…えっと…」
「その緑のがおすすめですよ」
「え」
「ヨッシーやろ…ってか敬語…」
「斎藤は黙ってて」
「ハイ」
「ありがとう。それにするよ」
僕は日頃あまりゲームをしない。
不機嫌そうに口を曲げて、それでも距離を狭めるような物言いに、僕の先程までの醜い感情は痕を残して消えていくのだった。
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