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「いきなり飛び出したそうよ」
「そうなの…?…まさか」
「…そう。自殺しようとしたんじゃないかって。」
「あの海里ちゃんが……?」
ただ一つ…姉さんは人ではなく、顔を見ることもできない、遺体という物質になってしまったのだということだけが重くのしかかった。
…自殺。
赤信号を飛び出して、トラックに撥ねられた姉さんはあっけなく死んでしまった。
涙を流す機械が四角い箱いっぱいにひしめき合う中、何をするでもなく、立ち尽くす僕の色を表すならきっと真っ黒だ。
白など一滴も無い、ぐちゃぐちゃした黒色。
「僕のせいだ…」
僕がもっと早く、夕との関係に…無理矢理にでも区切りをつけていれば。
姉さんと夕が今日会うことは無かったかもしれないし、理由はどうであれ…自殺でも事故でも。撥ねられることは無かったかもしれない。
「ぅ…」
対極に、真っ白な骨になって僕の前にあらわれた姉さんがまるでその事実を雄弁に述べているかのようで。
こみ上げた吐き気を、比べ物にはならないけれど…骨のように白い便器に流した僕は鏡を見て再び絶句した。
なんて顔をしているんだ。
…僕は。
「朝陽…」
両親の反対を押し切り、葬式が済むなり寮に帰った僕をすぐさま抱き締めたのはシンだった。
あたたかな温度が鼻をくすぐる。
「ぼく……」
「ああ…こんなに窶れて。俺の部屋に行こう?ここは廊下だ。人目がある」
「僕…」
「ん?」
パタンと閉じたドアと、再びやってくるやわらかな感触。
「僕…」
火葬場のトイレで見た自分の顔が忘れられない。
姉と同じ、白い肌。とろんとした大きな瞳。泣きぼくろは僕にしか無いものだけれど…どこか危うい雰囲気を纏った目元から、薄い唇。
黒い髪まで。
まるで姉と顔を合わせているようで、再びこみ上げた吐き気を抑えることはできなかった。
「朝陽…?」
昔…外国のある地域では、祖国では無い場所で亡くなった遺体をぶつ切りにし、煮込んで骨以外を捨てる風習があったらしい。
そして取り出した骨を祖国に送るのだ。肉は腐乱するが、骨はそうじゃない。これは知恵で、教えだ。
でもきっと、それ以外にも理由があるに違いないと僕は思う。
恐怖だ。
もし、骨に付着する肉が蘇ったら。
もし動き出して…僕の首を締めたとしたら!
「朝陽!!」
軽く頬を叩かれた。
それを摩るシンの瞳は、実に剣呑で。
「ぼく…」
「朝陽は」
「朝陽は悪くないよ」
「……っ」
「だから泣いていい。自分を責めなくてもいい」
「でもっ…」
「事故だよ」
「…事故だったんだ。朝陽は悪くない。そういう運命だったんだよ」
ああ、
なんでシンは……僕が今まで1度も泣いていないことを知っているんだろう。僕のことをなんでも知っているんだろう。
「…ぅ…っ、ぁ…」
姉さんは死んだんだ。
やっと流れ出た涙。
止まらない嗚咽。
僕は縋るようにシンの服を掴むのだった。
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