アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
10
-
夏になった。
「伊吹ー!お前も来ない?」
うだるほど暑い、夏になった。
あれから…姉さんが亡くなってから、永遠にも感じた冬休みも終わった。クラス替えの無い学校だから、2年生になっても僕の周りになんら変わりは無い。
一つだけあるとするならば。
それは隣に、夕がいないこと。
「マックかカラオケで駄弁って…それからゲーセン行くくらいだけどさ。明日から夏休みで帰省するやつもいるし、どうかなって」
「あー…」
日に焼けたクラスメイトは微笑む。
皆それぞれに健康的で、どこか眩しい。
それはきっと明日から始まる夏休みのせいなのだけれど…今の僕にとっては…いや、この先もずっと、僕はこの退廃的な心情から抜け出せないのだろう。
だから。
「ごめん、今日は用事あるんだ」
「ふうん?まあ無理しなくても、学園祭の準備で会えるしな!…じゃあ!」
白い八重歯が、妙に明るく光った。
この扉を開けるのに緊張しない日は無い。
「失礼します…」
返ってこない返事を受け止めて、重たい脚を前へと進めた。機械から吐き出される冷たい風だけが悪戯に頬をくすぐっていく。
「ゆう」
ベッドサイドに立って僕は何度目かも分からないその名前を呟いた。
「起きて……」
手入れの行き届いた身体は滑らかで、美しい。
「…夕…」
金色の髪は枕の白に色を添える。
「おきて……夕………おきて…?」
握った手は温かなのに。
触れた頬は綺麗な薔薇色なのに。
「夕……」
(なんで…)
なんで夕は、目を醒まさないんだろう。
「おかえり」
いつからだったか。
1人になったはずの僕が、こうやって抱き締められて迎えられるのは。
「ん…ただいま」
「雛森のところ…行って来たの?」
「うん」
「…そっか。…………今日も?」
「…うん。まだ…意識は戻らないみたい」
「そう……」
俯く僕をシンは優しく包み込んでくれる。夕はあの事故から、一度も目を醒ましていない。
「シンは…」
「ん?」
「シンは寮……部屋、空ける?」
「ああ…」
「両親の墓参りには行くけど、それ以外はどこにもいかないよ。朝陽は?」
「僕は……」
家に帰って来いと、そう言われている。
娘を亡くして…その婚約者も目を醒まさない状態。何より最愛の子供を亡くしたのにも関わらず、影で海里の自殺を止めようとした…可哀想で健気な夕への同情はいまだ絶えていない。雛森家との関係は白紙。これは、社会的な立場の欠落を意味する。
(帰ったら……何を言われるんだろう)
「家に…帰るかな」
「…そう…そっか」
強くなった腕の力。それがふっと緩められ、次に僕の両手を包んだシンは笑う。
「ご飯、食べに行こっか」
「ん…着替えてくるから、先に行ってて」
「わかった」
最早必要最低限の範囲でしか使われていない自室に来るのは、苦しい。
ベッドや机こそ毎晩使われているけれど、水を切るために伏せられた夕のマグカップ…畳んでいる途中だった夕の衣服はそのままになっている。…なんとなく、そのまま。
スラックスを脱ぐために、ポケットからそれを抜き取った。
ブルーとピンクのイルカ。
『これ、事故の後も夕がずっと握り締めてたみたいなの』
目を見張った僕に 知っているのね と呟いた有紗さんが渡してくれたものだ。
「夕……」
触れ合い、ぶつかりあって、互いを照らし合うそれ。
光にかざせば、眩く光った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
60 / 97