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金属と何かがぶつかる音が強く響いた。
それは少し考えてみれば、倒れた椅子が床にぶつかることで発せられたものだとすぐ分かるものなのだけれど。
今の僕はその事実が気にならないくらい、いや、気にしていられないくらいに、激しく心臓が脈打つ程動揺していた。
逃がさないとでも言うように強く掴まれ握られた腕と、後ず去ろうとする僕の足。
それを認めて―・・眉根を寄せたシンは口を開く。
何故か。それが何故か、とても悲しく見えた。
「好きだ」
それは紛れもなく、元ルームメイト、そして親友の言葉。
でも、違う。
その表情はルームメイトでも、親友のそれでもなかったのだ。夕が僕を見る時の目。汚らわしくも、僕を強姦しようとしたあの教師や、男の目で、だ。
「ずっと好きだった。同じ部屋で暮らしてた時から、ずっと。」
空っぽの頭で考えた。
どうして気がつかなかったんだろう。
告白よりも先に唇を奪う、なんてそんなちぐはぐなことをするシンに対する苛立ちは不思議と湧いてこなかった。
僕は、僕はその気持ちに応えられないことを知っているから。
「僕は…」
「…知ってる。朝陽が雛森のこと、ずっと好きなことは知ってるから」
それでもしまった、と思ったのは、違う意味でもシンのことを愛しているから、だということだろうか。
頬を伝った涙。
それを片手で拭ったシンは…悲壮な表情を浮かべて、
「雛森のこと、忘れなくてもいい。それでも好きなんだ、朝陽が。だから考えてほしい。…………俺のことを」
「すこし…考えさせて」
スライド式のドアが音も無く閉じる。
消毒液の匂い。天井から吊り下がっているパーテーションは寝たきりの姿をぼんやりと透かし、映し出している。
やわらかな頬に触れた。
温かなのは、夕がまだ生きている証拠だ。
「夕…」
僕は夕のことが好きだ。
もし、夕が目覚めたその時は。
婚約者である姉が亡くなったのだからヨリを戻すことだってできるかもしれない。そう思っている自分さえいる。現に、こうやって毎日病室を訪れているではないか。
それくらいに僕は酷い人間で、エゴの塊に目を書いたようなモノなのだ。
そんな僕のことを好きだと言ってくれたシンのことを真面目に考えないなんて、罰当たりにも程がある。
遡って考えてみれば―・・夕の婚約が発覚してから今日まで、いやもっと前から、シンは僕のことを支えてくれていた。それは友達という以前に、僕のことを好きだからだったのだ。
そう考えるとぞっとした。
なんて真摯に、シンは僕に対していろいろなものを与えてくれていたんだろう。
それなのに僕は。
(でも…僕は夕のことしか好きになれない)
ふと、視線の隅を花瓶が掠める。
昨日とは違う花が生けられているそれは、僕の気持ちをより一層暗くさせるものに違いなかった。
本当は、こうやってルームメイトとして御見舞いする資格も無いのに。
この重すぎる夕への気持ちを、いったい僕はどうすればいいのだろう。
シンにはなんと言う?
夕が目覚めても目覚めなくても、僕は前を向かないといけない。
夕と2人で歩くことは無い。
それは、確かなのだから。
結局この日僕は、シンへ返す言葉を見つけることができないままドアを閉じることとなった。
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