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「伊吹くん、そろそろ休憩入ってもいいと思うよ」
「委員長は大丈夫?」
「ふふ、もう少し頑張るよ。ありがと、楽しんできてね」
三角布を巻いた頭を亀のように引っ込めた委員長を認めて、簡易更衣室に足取りを向ける。
同じく僕の隣で受付業務をしていた斎藤が唸った。
「なんや…裏切るつもりか……………とりあえず、手始めに綿あめ買ってきてーや」
「や・だ。ほら、市川先生来てるよ」
「マジか」
市川先生の断末魔を聞きながら三角布を抜き取る。
幸か不幸か、お化け屋敷は大盛況を見せていた。
特別教室2部屋を借り切って作られたお化け屋敷に入るために階段まで列が続いている程で、正直猫の手も借りたい状態だろう。こんな時に休憩に入るのは心苦しいけれど、僕自身お腹が減ってしょうがないのだ。
もうすでに昼の14時を回っていて、今朝なんとかゲットした売り切れ必須の調理部ランチですら店仕舞いをしているかもしれない。
誰がどこから持ってきたのかは分からない全身鏡の前で白装束を脱いでゆく。
何一つ傷も痕も無い、薄気味悪い程に真っ白な肌がうつった。
「来年こそは、いろいろな出店をまわろう。焼きそばと綿あめを食べて、それから射的をしたいな」
「焼きそばだけじゃなくて、たこ焼きも食べたい」
「じゃあ朝陽がたこ焼きを買って、俺の焼きそばと半分こすればいい」
中途半端に纏った服がぐしゃぐしゃになるのも気にならない程、うっとりするような妖艶な笑みを夕は浮かべていた。重なるフリルに妖しい手つきで手を忍ばせる夕をはたいて。保健室のベッドの上、僕は大きなその手のひらに頬ずりをした。
そんな来年は来なかったのだけれど、今考えると僕はほんとうに夕のことだけで頭がいっぱいだったのだと思う。それは今も変わらないけれど、軽音部が野外ライブを催していること、野球部がストラックアウトというアトラクションを用意していることなんて、たしかに去年は知らなかったから。
「あっ、よかったいたいた。伊吹くん、もう仕事しなくてよくなったから」
「えっ、…なんで」
「市川先生を連れて斎藤くんがどこか行っちゃってね。そしたら人がいなくて困ってるところにまだ時間来てない子がいっぱい早めに来てくれてさ。混んでるから手伝うって。それにこのまま閉めるまでずっとやるって言ってくれてるから。…斎藤くんもなんだかんだ言ってずっと働いてくれてたから、責めないであげてね」
委員長はその後を言わなかった。
僕は遅い昼食をとるために調理室へと向かった。
1人で物を食べること、それは特に苦痛ではなく、むしろ好きだったことを最近僕は思い起こした。もしそこで誰か知り合いと会えばご一緒させてもらうのもいい。
2つ開けていた釦を3つにした。
今日は、暑い。それだけでも大分気分は変わった。
幸い調理部はまだ活動していた。
客の入りはまばらだ。掛け時計を確認すれば、もうそろそろお菓子系の出店が流行ってもおかしくはない時間。
「ご一緒してもいいですか」
ふいに聞こえた声の主は
「ひ……ひかる」
「なんだか久しぶりだね」
「久しぶり…」
ゲームをした以来だ、とは言わなかった。
応えを聞くまでもなく、隣にトレーを置く。その少しも日に焼けていない指が箸に触れた。その手つきは握るというよりも、添えると言ったほうが正しいだろうか。
「今日はあの人、いないんだ?」
「あの人?」
「赤城慎一って人」
「あ…ああ…、うん、1人だよ、今日は」
シンとはあれ以来、必要最低限の会話しかしていない。どちらとも避けているわけでは無いと思うのだけれど、なんとなくそうなってしまった。もちろん返事もしていない。
静かに棒棒鶏を嚥下した光は問う。
今年の調理部学園祭のテーマは言うまでもなく、中華だ。
「雛森さんは…まだ?」
「うん…」
「…そう」
次に口に入れるであろう胡瓜を2本の棒で支えたまま、光は言葉を続ける。
「御見舞いってできるかな。朝陽は知ってる?」
何も言わなかった。
それはただ単に敵対心から出たものではなかったと、僕は思いたい。
「………知ってても、教えないよね」
「僕が朝陽だったら教えないもん」そう呟いて、光は胡瓜を噛み潰した。
「早く…会いたいな」
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