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あれからさらに熱気付いた僕は自ら腰を振りながら、随分と久しぶりに後ろの方まで手を伸ばしてしまった。
気だるいような、もやがかかったような心地が未だに消えず、ぼんやりとした目であたりを見渡す。
朝の食堂はそれなりに混んでいた。
「ほんまになーんも覚えとらんのやな」
「うん、ごめんね」
「いや、謝る必要は無いんやけど…」
なんや調子狂うわぁ、そう言って頭を掻く斎藤の左隣には夕。机をはさんで真正面は僕で、その隣に赤城が控えている。
朝会った時、夕と僕を認め短くおはよ、と呟いた赤城はそれ以来一つも言葉を発していない。文化祭以来気まずいということもあるのだけれど、それとは違う、あきらかに不機嫌な色が覗いていて僕は声をかけづらい。
「それにしても、授業のほうはどうするんや?まさか留年…」
「いや、自分でも不思議なんだけど、そういう学問的な知識はちゃんとあるんだよ。」
「俺ってなんだか優秀だったみたい。」
夕は眉を下げ笑った。
「今斎藤君達がやっている範囲を確認したけど、大丈夫だったよ。なんだか自分が自分じゃない気がして、変なかんじだけれど」
斎藤と僕は唸る。
さすが、と言うべきか。
さらにそこに社会的権力という大きなものを流用することで、夕が僕らと一緒に卒業することができる。このことはレオから直接聞いたことだった。
「じゃあ一緒に修学旅行とか…行けるんやな」
「ああ、うん。そうだね。沖縄なんだっけ。」
「おう!去年のお前は、ずいぶん嫌がっとったけどな…ぁ」
はたと口を噤んで、黙り込んだ斎藤に夕は再び眉を下げる。
「大丈夫だよ、俺じゃない俺が、皆のところにいたことも、十分分かってるから」
「う…スマン、」
「いいんだよ」
ふいに横から引き寄せられて、倒れ込むように赤城の胸に顔がぶつかった。
「…っ!?」
なんで。
腰にまわされた手に疑問符を浮かべるのと、横から大きな声が響くのは同時だった。
「雛森さん!」
水無月 光。
プレートを半ば放り投げた彼は見たことのない嬉しそうな表情をする。
「お〜、水無月やん」
斎藤が夕に、一種の目配せをして瞬時に夕の意識は水無月君へと切り替わる。
「おはよう、水無月君。」
夕は記憶を無くしている、そのことは、僕と斎藤、赤城の3人にしか知られていないのだ。
中庭の噴水を見ながら僕はレオに言った。
「たぶん、この2人…斎藤駿君と赤城慎一君以外になら、雛森君がこのまま振舞っても暴露ないと思います。」
それは夕が以前、聖人君子を演じていたから。
「そうか。…君がそう言ってくれて本当に助かったよ。夕のためにも、周りがうるさくなるのは避けたいからね」
君のためにも。そんな色を暗に含んだ視線に僕は見ないふりをした。
長い間夕が眠っていたことは広く知れ渡っていて、現に先ほどから食堂にそわそわとした空気が流れている。もしそれに記憶を無くしたという事実が加わったら?
答えは決まっている。
感極まる、そんな声を光はひたすらにあげ続けた。
「もう体は大丈夫なんですか?」
「うん、心配かけたみたいだね。ありがとう。」
どうやらレオと交わした作戦は成功したようだった。
顔を林檎のように紅くする光。
正直もう、見ていられない。
「あさひ、大丈夫?」
密着していた身体こそ離れたものの、未だにシンのほうへ寄っていた僕だけに聞こえるような声で囁かれた。
「う、うん、ごめん」
「顔色、悪いよ」
「寝不足だからかな」
ふにゃりと微笑めば、反してシンはもともと不機嫌な顔を更にしかめた。
怖いというよりは、不思議な態度だと、この時の僕はぼんやりとそう考えていた。
「…俺、朝陽に好きって言ったよね」
「え」
「……手。いつまでそうしてるつもり?」
やけにゆっくりと流れ込んだ言葉に、ふと視線を下げる。
そこにはシンの手をがっちりと握った僕の手があった。
「……!…〜・・っごめ、」
シンは目尻を下げる。
そして綺麗な微笑で言った。
「役得だし、別にいいけど。」
顔という顔が一瞬のうちに熱くなる。
好きな人を見つめる瞳。
シンの瞳は、そういう瞳(め)をしていると僕は思った。
「そうやって、」
「?」
「そうやって、俺のことばっかり考えていて」
今更僕は気がつかされてしまった。
シンは美形だ。それもとびきりの。
今まで距離が近かったし、いつもは元気なキャラだからあまり目が向かなかったけれど、理知的な雰囲気の似合う、優等生の顔をシンはしている。
そんな顔で覗き込まれたら、女の子は一発で落ちてしまうだろう。
今みたいに。
「返事、待ってるから」
「う……」
「赤くなってる朝陽も、すごく可愛いよ」
思わず叫び出しそうになった僕を、再び光の声が止めた。
絡まったシンの指が解けてゆく。
「それじゃあ、また!」
最後に僕に向かって小さく手をふった光は全速力で食堂を駆けていった。姿勢を前に正すと、夕と目が合う。
「……」
斎藤と赤城が喋るのにも加わらず、ただじっと僕を見つめる夕は僕が視線に気がつく前より長い間、まるでそうしていたかのようで。
冷たいというよりは、剣呑な青をした瞳が僕を見ている。
尻ポケットに手を伸ばせば、かちりと小さく音を立てて触れ合うストラップ。ブルーとピンクのイルカ。
その感触を確認しながら、僕はふいと視線を逸らした。
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