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心配していた通り、その不安は日々膨れていくばかりだった。
真綿で首を締められるような感覚は感情的な吐き気をもよおす。夢は終わらない。何度も起き、寝て、起きる日々が淡々と続いた。
修学旅行まで、あと少し。
「今日も…?」
「うん。リビング借りるね」
リビングって言っても、僕の机やベッドがある生活スペースなんだけど。
屈託の無い笑顔で笑う光は何を考えているのか分からない。反して僕の真っ黒な気持ちは、去年僕らを見ていた光のそれなのだろうか。
最初は2人で生徒会の書類を整理していた。それが数日前から勉強会に変わっている。
距離が近い、と思う。
肩と肩が触れ合う距離に苛立ちと悲しみはつのるばかりで。ここ最近の夕と光はまるで見せつけるかのように、放課後になってはこの部屋に集まる。
自分と夕が恋人関係にないことを時々忘れそうになるのが怖い。別れを告げたのは僕なのに。そのまま泣き叫んで、2人の間を割り開けたらどんなにいいだろう。
「ここが分からないんだけど…」
「ああ、そこはなかなか難しいよね…」
(敬語じゃなくなってるし…)
こうやって居場所が無くなった時、いつも飛び込むのはキッチンだ。部屋から出ていくのはなんだか悔しい。それに2人きりにするのは怖くて…結局数分うだうだしてから談話室にテレビを見に行くのだけれど…何をするでもなく、シンクの淵に手を置いていると思い出すのは去年の勉強会。
『ちゃんと見て』
夕が、恋しい。
好きすぎてつらい。
金色の髪も、真っ青な瞳も。一見がっしりした指が実はしなやかで、柔らかなことも全て。
僕は覚えているのに。
「いぶきくん」
だめだ。幻聴まで聞こえてきた。
「伊吹くん!」
「―・・っ!!?」
「いぶきくん」
どうしたの、ぼうっとして。
呆れたように目尻を緩ませる夕。
いつからここに。みっともなく僕は瀕死の昆虫のようにばたばたと慌てた。もちろんそれは、心中で。
「お茶の葉ってどこにある?」
「へ………」
「お客様がいるから、」
「あ、ああ……お茶っ葉、ね」
心臓の音、聞こえてないだろうか。恥ずかしい姿を見られたのと、2人きりになったのとで僕の心臓は大きく脈打つ。顔が熱くなる。
「茶葉系は、全部ここにあるよ」
「ありがとう………かたいね、これ」
力を入れても一向にあかない茶筒。
これに同じく苦戦して血迷った彼が、筒ごと火で炙ろうとしたことを今の夕は覚えていない。
「ちょっと貸してみて」
「ごめん、できる?」
「ん、、っ!!」
すぽん、と。
まるで漫画みたいな効果音でも鳴りそうな勢いで抜けた内蓋。
衝撃で飛び散った茶葉は宙を舞う。
「あっ………っ」
緑色が、降ってきた。
「ごめっ…」
「ふは、」
夕は僕の顔を見るなり吹きだしてしまう。
「え…え?」
首をかしげる。すると夕は堰を切ったように笑い出す。
揺れるブロンドにはお茶っ葉が付いていた。
「はな」
「鼻の上に、葉が付いてるよ」
「―・・っ!!」
二度目の絶句。
「そ、そういうの、さき言って…!」
恥ずかしすぎる。さぞ僕の顔が間抜けだったのだろう、夕は笑いを止めない。
本心から出たようなこんな笑顔は、随分と久しぶりだ。
「ひな、ひなもりくんだって、髪の毛に付いてる」
「んー…?とってくれる?」
「…!」
静かな絶句に夕は気が付かない。自分よりも背の低い僕に合わせるように、頭をこちらへ傾けた。
僕と同じシャンプーを使っているはずなのに甘く、いい匂いがする。ごくりと唾を飲み込んでそっと触れれば極上の肌触りが待っていることは既に分かっていて。
金糸(きんし)のように艶やかなそれに付着した茶葉を摘み取る。
指先まで伝染した熱が、どうか夕へ伝わりませんように。
「いっぱい付いてる?」
「ん…ちょっと、ちょっとだけ」
「ふふ、そっか」
こうして夕が意識のあるうちに髪の毛を触るのは去年以来なのかな。
よく僕の髪を褒めてくれる夕だけれど、僕からしたら夕の髪ほど美しいものは無いと思う。
「さらさらで、綺麗だね」
思わず本心が口からはみ出してしまった。はっとなって手を離す。
夕は傾けていた首をなおし、ゆっくりとひねる。
「……?」
何かを考えているようだった。
「雛森くん?」
「君は…………」
♪~
「っ…」
着信音よりも、君は、の先が気になった。
「伊吹くんの?」
「う、うん…」
なめらかな外国語の歌が流れる。
赤城が設定した音楽だ。
出ないといけない。なのに、夕の開いた唇が、重なった視線がそれを絡み取る。
動けなかった。
「音楽、止まっちゃったね」
「……うん」
「よかったの?」
「…うん」
「そっか」
姿勢を正すと、優しい微笑を浮かべる。先程までの思考はそっと奥へ仕舞ったようだった。
「お茶、淹れるね」
安らぐ香りがふんわりと身に染みる。マグを受け取った僕は言った。
「ありがとう」
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