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「問題、わかった?」
「あ……雛森さん」
リビングに戻った夕を認めた光は緑茶で満たされたマグを見……そのまま背後に控えた僕へ視線を走らせると、にっこり笑ってそう応えた。
握られたシャーペンは夕のモノだ。壊れたとかなんとか、キッチンへ向かう前言っているのを聞いた。
それすらも憎いなんて。
「いまいちここが分からなくて…あ、お茶、ありがとう」
「どういたしまして。待ってね、今教えるから…」
僕はというと、もうすでに校舎にいる間(ま)に課題は終えていたし、何をするでもなくベッドサイドに腰掛ける。談話室へ向かう気は失せていた。軽く立ち上がり手を伸ばしさえすれば触れられる距離に夕がいる。
夕日に照らされた金髪は見惚れるほど。キッチンで思う存分堪能したはずなのに、嫌というほど目に移る。
深く腰掛け直すと、鋭い感触が布越しに当たる。尻ポケットにいつも入れている例のストラップだ。
抑えていた悲しみとか、苦い思いがあふれだしそうになって、こらえる。
お茶を一気に飲み乾した時だった。
「………ぁ」
ピンポンと、安い音をしたドアチャイムが鳴り響く。
「僕が出るよ」
この時間帯だ。先生や寮監ということはないだろう。
制服に素足のまま、ドアを開けた。
「あ、ひぃってば、起きてるじゃん」
「しん……どうしたの?」
僕と違って、制服を脱いだシンが一人立っていた。
ネイビーの七分袖シャツに、同じく七分のベージュパンツをすらりとした体に纏ったシンは、にこにこと笑っているのに、何故かいつもと雰囲気が違う。気がする。
少し痛いその空気に僕はたじろいでしまう。それを見逃さないシンは腕をつかむ。いつも通りの、冷たい指で。
目を細めて言った。
「ねえ、なんで電話、出られなかったのか教えて」
「え……」
「俺、すごく心配したよ、そういうの嫌だって前に言ったよね。ぼろぼろになった朝陽を俺はもう、棒立ちで迎えたくないって。」
ぼろぼろになった僕。
夕と出会った、あの雨の日の図書室から帰った僕のことだ。
僕は図書室で委員会が終わるのを待っていた。そしてシンからの着信に気が付かず…眠ってしまった。
腕を掴む力が強くなる。
「ごめ……」
ただ一回、一回電話に出なかっただけじゃないか。という考えはシンに通用しないことは知っている。
それくらいにシンにとってトラウマなのだ。
だけど。
「謝ってほしいんじゃない。電話に出られなかった理由を聞いてる。」
「それはっ…」
夕に見惚れていたからなんて、言えるわけない。
「伊吹君?」
夕の声が聞こえた。
シンは後方へと素早く視線を走らせると、唸るように呟く。
「…………なるほどね」
「へ…」
「雛森、ちょっと伊吹借りるから」
「え?赤城君?あ……ああ、」
僕の頭上で話は進んでいく。そんなの、嫌だ。
グイッと引っ張られる。食い込んだ細い指が痛い。
シンが、怖い。
「やっ……夕っ……」
閉じていく扉の隙間から、光と夕が見えた。
「っい…」
バタン、と随分乱暴な音が鳴る。
シンのテリトリーに連れ込まれた僕はなす術もなく震えた。
時々、普段はのぞかない色がシンの表情、態度に現れることは確かにあった。けれどそれはいつも決まって一瞬で。
「朝陽………」
こんなシン、僕は知らない。
「ごめん。怖かった?」
はっとしたように、それでも逃がさないと言いたげな瞳で僕を見る。
へたり込む僕に目線を合わせるよう、シンはかがんだ。
その指が顎を掬う。蛇みたいだと思った。
「ゃ……」
「怖がらないで」
「朝陽のことが好きなんだ」
だから、気になってしょうがない。電話に出ないだけであの日のことを思い出す。
そう続けると、今度は切な気に溜息をつく。
「万が一のことがあったら困るでしょう?」
言葉遣いは酷く優しい。けれどそれはまるでイエスという応えを顔面に押し付けられているような、有無を言わせぬ物言いだった。
彫刻のように美しく端正な顔に影ができる。目を伏せて、言う。
「夕と………一緒にいたから?一緒にいたから出られなかったの?」
シンはエスパーなのかもしれない。ずばり言い当てられたことに少なからず動揺した僕は押し黙る。
素足につっかけたクロックスが冷たくなったころ。沈黙を咀嚼したシンは、やがてゆっくりと口を開いた。
「…質問を変えるね。夕のこと、好き?」
「………っ」
「好き?」
そんなの。
好きに、決まってじゃないか。
「…好きなんだね」
「…ぅ…」
頷きたかったのに、言葉が涙になる。
抱き寄せられた。額を肩口にこすりつけるような格好になる。
「でも」
低い声が耳元で囁く。
「雛森はもう、自由だよ」
何も言えなかった。
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