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次の日。
修学旅行まであと少し。放課後のことだった。
その日の僕らはタクシー観光の計画を遅くまで練っていた。タクシー観光というのは、1班につき1〜2台のタクシーを貸し切り沖縄の観光スポットを1日かけてまわるというものだ。各所に点在する観光スポットはたいていの場合、それぞれに距離が遠い。だから上手くスケジュールを組まないと行きたい場所に行けなかったり、頓挫したりしてしまう。
これがなかなかに難しいのだ。
斎藤は呻いた。
「もう美ら海で1日過ごしたらええんと違うん…」
「マンゴー食べたい」
「赤城はホンマ、そればっかやな…」
頼れる委員長は集まりでここにはいない。例に漏れず夕も生徒会補佐の集まりで忙しいので、放課後残れたのは僕を含めた4人というもっとも頼りないメンツだ。
「佐伯はアレやけど、雛森は何やねんこんな時まで…何で修学旅行のことで生徒会が忙しぃなるんや」
田井中は欠伸まじりに呟く。
「今期生徒会の主体は2年だろ?沖縄についてまとめてなにかしら展示するみたい。その下準備なんじゃない」
「中等部の時にやった“ナントカ新聞”みたいな、そんなかんじか」
「そーそ」
赤城は退屈そうにペンを回す。
「それでももう、終わってるはずだけどねぇ」
「え、そうなんか」
「うん。さっき会長がその廊下歩いてた」
四人ともそれぞれに廊下を凝視する。
田井中が手のひらで口を覆った。
たいそう驚いた、そう言いたげな、お手本のような仕草だ。
「赤城…お前…会長が誰なのかちゃんと把握しグエッ」
無言でチョークスリーパーをかける赤城を尻目に斎藤が珍しく溜息をついた。
「なんだかなぁ…」
僕は首を傾げる。
「?」
気がついたように斎藤はパッと表情を切り替えた。そして僕の肩を掴み、言う。
「せや。伊吹、ちょっと生徒会室に様子見に行ってくれんか」
「え…ぼく?」
おう、斎藤は呟く。
きっと夕は光と一緒にいる。もしその場面に出くわしてしまったら今度こそ、泣き叫んで、その場で地団駄を踏んでしまいそうな気がするから正直行きたくない。
助けを求めてシンの方を見やるが、相変わらず田井中とよろしくやっていた。斎藤は目を輝かせる。
「分かったか!ほら、ここに真面目要員は伊吹しかおらへんのやから〜頼むで〜」
真面目要員ってなんだよ。
けれど、ドンと勢いよく背中を押されればひとたまりも無い。仕方なく僕は教室を後にするのだった。
途中、廊下で生徒会長とすれ違った。
「伊吹、お前まだ残っていたのか」
「あ…京くん」
生徒会長の各務京介は、実は僕の幼馴染だったりする。
というのも彼の家は、各務総合病院という地域に古くからある病院を経営していて、現在院長を務める彼のご尊父さまが僕の亡くなったお祖父さんの主治医だったのだ。
もういつだったか思い出せないほど前、屋敷に訪問診療に来られたご尊父さまに連れられてきたのが京くんだ。屋敷というのは、勿論今現在僕の両親が住んでいる家で―・・朝陽くんと同い年なんだ、遊んでやってほしいと背中を押された京くんは今よりもずっと無口だったことを僕は覚えている。
全国にいくつかある全寮制男子校の中からこの学園を選んだのも、京くんが入学するならとお母さんが考えたからだ。今はこうして、すれ違った時に挨拶したり、すこし会話したりする程度だけど交流は続いている。そんな京くんには彼女がいて、またその彼女も、実は僕の幼馴染だったりするのだが。
「タクシー観光の計画が全然上手くいかないんだ」
「…どうせ4つも5つも行き先考えてるんだろう」
「え?だめなの?」
「駄目じゃないけど。伊吹達が1番行きたい場所は何だ」
「えーっと、美ら海?」
「じゃあその美ら海を真ん中にして考えるんだな。動線を意識するんだ。○○に行って、それから昼を美ら海の近くで摂って水族館に行く。そしてホテルへの帰り道にある××に行く、とか。本当に行きたい場所を一つだけ決めて、まあ、あとはオマケ程度に考えておかないと損するぞ」
「なるほど…!」
ということは、京くんの例を使うと、美ら海の近くにある○○からホテルへの帰り道を考えればいいってことなんだな。
ありがとう、助かったよと彼を見上げれば、優しい眼差しが返ってきた。頭をくしゃりと撫でられる。
「あ…そういえば、さゆちゃんは元気?」
さゆちゃん、というのは京くんの彼女のことで、昔から病気がちの女の子だった。漢字で小百合と書いてさゆり。彼女とはよく2人で探検ごっこをして遊んだ病院で出会った。
「まあな。そういえば校内模試で首席だったって言ってたな」
「えっさゆちゃんの学校って進学校だよね?…やっぱりN大目指すのかな」
「お前もそうだろ?」
「あー…」
あまり、というか。
全く進路について考えていなかったことを今更自覚した。夕とか、シンとか、そればっかりが頭の中にあって。
適当に相槌を打つ。たしかに先週、先生と進路について面談をしたんだった。
「うん、そうかな」
「お前もなんだかんだ言って去年の冬くらいからずっと首席守ってるだろう。俺も目指してるし、また3人で会えるといいな」
僕は返事の代わりに微笑んだ。
京くんとは逆方向へ歩きながら考える。
夕はどの大学に行くんだろ、とか。
そういうこと。
「あっ」
京くんに会ったんだったら、生徒会の集まりについて聞けばよかったんだ。いや、計画が上手くいくコツを聞いたから夕を探す必要は無いのかな。
それでも足は自然と生徒会室に向いていた。あたりにはすこし肌寒い空気が流れている。
もうそろそろオイルヒーターを出す季節だ。
「―・て・・・い」
微かに声が聞こえた気がした。
カナリアのように高い声だ。
「…?」
見上げれば生徒会室と書かれた表札がぶら下がっていて、どうやら僕は目的地に辿り着いたらしいことを知る。
閉じた扉の横にそっと滑り込んだ。
生徒会室の扉には中の様子が見られるように窓がついている。それを覗いた時、僕は思わず口を手のひらで覆った。
格子で区切られた四つの四角形からでも十分すぎるほど、愛しい彼の姿が見ることができたからだ。
あたりを見渡して、再三誰もいないことを確認する。唯一音を立てるのは、煩い心臓の音だけだった。
もう一度小窓に張り付くと、2人の距離はいっそう縮まっていた。
細く長い指が顎を掬う。
「……うそ…」
ふたつの影が、静かに重なった。
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