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「…は、…っ…」
がむしゃらに走って、走った。
途中何回か人にぶつかりそうになって、それでも謝ることはしない。舌打ちを背中で受け止めた。
なんで
どうして?
「ふ…、う…っぅ、」
(どうして)
夕と光が
昨日シンは言っていた。頭を貫くそれは苦くて、
『雛森は、もう自由だよ』
苦しくて。
「キス…してください」
告白されて、断った。
それでも諦められない。一週間だけ付き合ってほしいと付き纏われて、仕方なく受け入れた。
恋人として振舞わない夕を光は責めなかった。あるいは、責められなかったのか。
部屋で勉強を教えてほしい、ルームメイトがうるさいんだと苦笑した光は、この世の綺麗なものを全部、集めたみたいな顔をしていた。
むしろ顔を歪めたのはルームメイトの方だ。
―・・伊吹朝陽。
病院のベッドで目覚めた時隣にいた彼がきっと自分にとって特別な存在だったんだろうということはすぐに分かった。
何故なら自分の携帯 だった 端末にはおびただしい数の写真が保存されていて。その写真に写る彼の、今は見ることができない、特別な笑顔、泣き顔、寝顔を知ったから。
けれど。とろんと零れ落ちそうなほど大きな瞳を潤ませて、顔を醜く歪める彼の顔はそれらの写真には無いものだった。
彼のことが知りたい
だからできるだけ、近くで触れ合えるように。顔が見えるように、わざと抱き締めたり、距離を詰めた。
白くて、細い。触れたら壊れてしまいそうな彼が振り向くと…扇情的な泣きぼくろ、まあるい瞳、赤い唇に自分の何か、必死に隠してきた大切なものが揺れ動いてしまう気がする。
「雛森さん」
遠く飛んでいた思考を再び響いた声が引き戻す。
光はより一層切実な表情を浮かべていた。
「最後に、キス、してください」
きゅ、と掴まれた制服に皺が寄る。
日は大分傾いていた。
生徒会室はちょうど校舎の角に位置している。鍵カッコのようにぐるりと窓が張り付いたこの部屋にはオレンジ色の光が満ちているので、十分にお互いの表情、思考を手に取って見つめることができた。
「お願いです…」
「お願い………」
「それは、できない…」
水無月光を好きになることはできなかった。
自分は以前、目の前にいる人間、クラスで話している人間、…伊吹朝陽と、本当に親しかったのか分からない。記憶は無い。
けれど認識はある。
同性同士の交際が、マイノリティだということは十分に分かる。この学園のそういった垣根が低いことも。
自分は水無月光のことがそういう意味で、好きではない。
「………もしかして」
蚊の鳴くような声が響いた。
「もしかして、朝陽のことが、…まだ、…まだ、好きなんですか……?」
「え…」
「好きだから、だめなんですか…?」
「なんのこと…」
言いかけて、はたと口を噤んだ。
水無月光はあの事故の結末を知らないからだ。
光の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「…っ……貴方達は…………別れたんじゃないんですか……っ」
だからこの言葉は、きっと真実で。
(自分と伊吹朝陽は昔付き合っていた…?)
『僕も、ずっとずっと、そばにいる』
ふいに、唐突に。
伊吹くんの笑顔が頭をよぎった。
「っ……ぃた…」
あれ。このかんじって、何だっけ。
耳の付け根から奥が熱くなって痛い。
雨の音が聞こえた。
ざわざわと、音を立てる熱に侵食されていく。
口をついて出るのは。
「あさひ…?」
『夕』
「あさひ」
「夕…」
不思議なことに、目の前にいるのは光ではなく伊吹朝陽だった。
「朝陽」
『夕、大好き』
「…っ」
『…ゆう?』
こて、と首を傾げて………その赤い唇に、無意識にも、己の目は細まってゆく。金色の髪と、青色の目が、真っ黒な瞳にかすかにうつった。
「……ぁ」
『ゆう、どうしたの?』
俺は朝陽を
「えっ……………っ、ん、んン…っ!!」
たべてしまいたい。
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