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その人は先輩よりも長身だった。
『ひっ…!!』
黒髪を左手で鷲掴み、顎を上に向かせる。抱き込むように首元にまわした右腕で身体を拘束し、ポケットナイフを首筋に当てている。黒いブレードが鈍く光る。
男は悲痛な叫び声を喉に詰まらせ、嗚咽した。
『おまえっいづのまにっ…』
あまりにも凄惨だった。
固まった目に入るのは、バタバタと虫のように倒れている男達。たぶん、ナイフは使われていない。血の匂いがしないから。
静かに、これだけの数の人間を1人で片付けたというのか。
伝染した恐怖に身体が震えた時、聞き慣れた声が響いた。
『いやぁ〜惜しいわぁ』
『っ…さいと…』
『水無月、大丈夫か』
同級生の斎藤俊だった。
彼は歩み寄ると、光の肩にぽん、と手を置く。そうして眉を下げ、笑った。
『遅れてごめんな。辛かったやろ』
涙が一気に溢れ出した。
『うっ…ぅう』
『もう大丈夫やから。ほら、顔かしてみ?』
斎藤は柔らかなタオルを使って口元を拭う。次にペットボトルを取り出して言った。
『これで口ゆすぎ。気持ち悪いやろ。…床に吐き出してええから』
言われた通りに水を口に含む光。簡易的に不快感を拭い去る術を教えた斎藤は『よっこいせ』としゃがんでいた脚を伸ばし、今度は雛森の腕に触れた。
光には聞こえない、けれど先輩には聞こえる絶妙なボリュームで斎藤は耳打ちをする。
『すぐそうやって暴力をナイフで解決しようとするのはお前の悪いクセや』
雛森と呼ばれたその少年は柳眉を跳ねあげる。
『お前だって殴っていただろう』
『それとこれとは別。暴力は暴力で解決できへんのやで』
『…意味が分からない』
何か喋っているらしい。ナイフを取り払った雛森は笑顔をそのままに、ブレードを折りたたみ、開くという作業を無意味に繰り返した。少し、怖い人だ。そう思った。
解放された男は咳き込む。よろけるように、雛森から距離を置いた。
『斎藤っ…!…そこのナイフのおまえっ…あの、“ガイジン”、だなっ!?…』
その瞬間、スウッと碧眼が細められるのを光は見た。
丸い突起を弾き、可愛らしい音を立ててブレードが立ち上がる。その腕を再び制したのは斎藤で。
『やめ。そういうの、気にしないって、そう決めたんやろ』
雛森は小さく
『Stop the bitching.(女みたいにぐだぐだ言うのを止めろ。煩わしい。) 』
と、吐き捨てる。
『なっ…よく分からん言葉で喋んなや!絶対悪口やろ!』
ここまで先輩は完全放置の状態だ。ハ、と小馬鹿にしたような顔で斎藤を見つめる。斎藤は口を開きかけて…閉じる。ため息をついた。
『……ほら、先輩放置されてかわいそうやろ』
男は開かない扉の前で苦戦していた。どうやら仲間を置いて逃げる気だったらしい。
いつの間に背後にまわりこんだのか斎藤は男の肩に腕を乗せ、まるで親しい友人に語りかけるように言った。
『ほんま、惜しいわ。』
『先輩だって努力しとったのにねぇ』
ぜーんぶ、水の泡や。斎藤の声が響いて、その中に小さくノイズが混じり合う。雛森の持つ携帯端末から流れる音声だった。
【この動画を――・・流さ―・・・ファーストを降りますって、言え。】
『……っ!?!』
『どうです?僕の動画もよく撮れているでしょう?』
雛森はぞっとするような微笑を浮かべる。
『だから、先輩の動画も僕に見せてください』
結局男は端末を取り上げられ、斎藤によって生指に連行された。
先輩は悪い人じゃない。
と、光は思っている。酷いことをされたのは事実だけれど―・・先輩は、すこし頭が悪かっただけ。それだけで。
光はゲホゲホと咳き込んでいた。
喉に何かがつっかえたような不快感が消えない。
『大丈夫ですか』
それまで転がった男達の腕を拘束していた雛森は跪き、光の顔を覗き込んだ。
涙の痕が残る頬に真っ白な指が触れる。
ナイフみたいに冷たい指だ。
『…っ』
―・・怖い。
本能的な恐怖に光は震え、目を伏せた。
それに気が付いたように雛森の指が離れる。
『…すみません』
と、呟いた。
そうだ、この人は僕を助けてくれたんだ。ハッとなって顔をあげる。
青い瞳(め)と、視線が重なった。
『…きれい…』
『え?』
『あっ…なんでもっ…!』
思わず声が漏れてしまった。光は手のひらで口を覆う。そのままもごもごと、『助けてくれて、ありがとう』、そう告げる。
きょとんとした顔で雛森は数秒首を傾げると、花が開くような笑顔を浮かべた。
『どういたしまして』
『…………っ!!』
どくどくと、心臓が鳴る音が聞こえた。その瞬間胸がきゅうっと苦しくなって。
これが恋に落ちた瞬間なのだと、今の僕ならはっきりとわかる。
雛森は再び首を傾げた。
『どうかしましたか?』
『…っいえ……、』
『…?』
とても、
『とても、綺麗で…』
青い瞳と、金色の髪が揺れた。
『ありがとう』
指が勝手に動いた。そっと、絹のようになめらかなその髪に触れた。
『きれい、です』
一瞬驚いた表情を浮かべた雛森は、まるで甘い過去でも思い出したような瞳で笑う。今思えば、それはとても切ない笑顔だった。
『昔、大切な人にもそう言われたことがあります』
おそらく、それは初恋の相手で、伊吹朝陽なんだろう。
「…とても、綺麗です。」
僕はゆっくりと、目を閉じた。
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