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辿り付いたのは自販機が煌々と照らすベンチだった。
端に腰掛けて、こつんとその重たい機械にもたれかかる。は、と息を吐き出す。すこしだけあたたかい。
おなじくらい熱をもった頬を摩る。
「…いたい」
殴られた頬は痛くて、苦しかった。
おそらく瞼は腫れ上がっている。
「いたいよ…」
ひゅうひゅう音を立てる心臓をぎゅっと服の上から押さえた。つらい。そんな思いしか、浮かばない。
それでもまわらない頭で考えた。
夕に、好きと言いたい。
「ひぃ?そこで何してるの?」
「っ…つめたっ…!」
頬にあたった絶対的な冷たさに沈んでいた意識が引っ張られる。
「何してるの?」
唐突な衝撃にハッとなって頭を上げる。サイダーの缶を手に持ったシンが目の前に立っていた。
「しん…」
隣にシンが腰掛ける。僕の顔は醜いはず。けれど何も言わず、シンはその缶を持っていた薄いタオル地で包んだ。
「目、閉じて」
「へ…」
ひんやりと、心地よい冷たさが瞼を覆う。
「冷たすぎない?大丈夫?」
目を閉じていても、それがさっきシンが持っていたサイダーだと分かる。シンはとっくに気がついていたんだ。
僕が泣いていたことに。
「…ふぇ…」
涙が再びぼろぼろと溢れ出した。
タオルがぐんぐん水を吸い込んでいく。それを取り払ったシンは僕の背をさすった。
「こら。泣いたら冷やした意味がなくなるよ」
「ぅう…うう…」
「こすったらダメだってば。」
シンの冷たい指が僕の腕を掴む。
光の言葉が蘇る。
『一番日の当たる場所で、誰よりも温かいところで王様に守られて……!騎士にだって守られてるくせに!!』
「………っ!!」
精一杯の力で、その指を振り払った。
「…ひぃ?」
「だめ…」
それでもゆっくりと、僕を抱き締めるシンの腕を振り払うことはできなかった。
「だめ…」
「なにがだめ…?」
シンの唇が首筋に当たる。心地のいい低い声が耳許で響く。
「いまシンに優しくされたら…泣きそうなの…」
「馬鹿だな」
シンは囁いた。
「もう、泣いてる。」
「でも…」
ぎゅ、と握ったポロシャツにシワがよる。胸板に額をこすりつけてもびくともしない身体。いつの間に、シンはこんなに大きくなったんだろう。
「でもっ……!」
「でも…?」
「……頼ったら、だめ、だから…」
涙を飲み込んだ。繋がっていた身体が離れる。大きな手のひらが頬を包んだ。
「つらかったね」
「ぅ…」
「朝陽、頑張ったんだね、頑張ってたんだよね」
引き寄せられて再び抱き締められる。無理矢理閉じていた心が、どろりと溢れ出した。
「僕だって…」
「うん」
「僕だって、ずっと、夕のことがっ…!」
「……夕のことを、思ってたのに……」
「そうだね」
まわされた腕に、より一層強い力が込められる。
「頼って、いいんだよ」
「うう…」
「俺は朝陽の親友で、朝陽は俺の一番大切な人だ」
「う…」
「だから頼ったら駄目なんて、そんな悲しいこと言わないで?」
骨ばった長い指が顎を掬う。斜めに傾いた唇が静かに、けれど確実に近付く。触れ合う寸前で、自販機の向こう側から大きな喋り声がとどいた。
「―――・・」
その姿勢のまま、じっと見つめあった。おそらく時間にするとものの数秒。だけど、その数秒が1時間にも、2時間にも思えるくらいシンの眼差しは鋭くて。
黒い瞳。夕の突き抜けるような青色じゃない。真っ黒で、光も、何も見えない黒色だ。
その口が、何かを言いかけて―・・閉じる。腕を引っ張られた。
パタンと扉が閉じた。
あたりに漂うシンのかおりがより強く香った。頬に触れたシンの髪が距離の近さを物語っている。
玄関で靴も脱がすに僕らは抱き合った。
唇が振動を生む。
「ねえ、前に俺が言ったこと覚えてる」
何も言わない僕をシンはいとも簡単に許してしまう。ひどく優しい手つきで、後頭部を支える指が髪を梳いた。
「俺は、ずっと朝陽のことが好きだよ」
「もちろん朝陽が雛森のことを好きなのも知ってる。忘れなくてもいい。…それは、忘れなくてもいいから」
ふ、と身体が軽く離れた。下げられたシンの眉。悲しそうな目で、それでもシンは笑う。
「朝陽も、俺のこと、たくさん知って」
「たくさん知って、俺を受け止めて」
ゆっくりと、唇が重なった。
「……」
離れた唇は塩辛い。それが2人の涙だと知って、また涙が零れ落ちる。
再び口付けをした。それは重なりあうだけで、動かない。
動け、ない。
『雛森はもう、自由だよ』
「ねえ…」
僕の問いかけに、シンは顔を上げた。
「僕は…」
「…うん」
「僕も…自由なの…?」
返事のかわりにキスが降ってくる。
濡れた瞳が囁いた。
夕は、姉さんは、僕を許してくれるだろうか。
手のひらが肩を滑って、腰に辿り着く。カッターシャツの中に侵入したそれは、するりと肌を撫でる。
昨日のシンじゃない。怖いシンじゃない、けど。シンといると安心できる。のに、なんで。
(こんなに、苦しいんだろう…)
手をひかれてリビングに足を踏み入れる。
「ひとつお願いがあるんだ」
そう言って、瞳を伏せる。耳に掠れた声が響く。
「おれのこと、シンじゃなくて、慎一って、呼んで」
とん、と脚の後ろが硬いモノに触れる。ベッドの枠だ。
「しん、いち…」
「うん」
「慎一…」
慎一は僕を押し倒した。手首を掴む手が痛い。
髪の毛が首筋を悪戯にくすぐった。
「朝陽、愛してる」
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