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見えない力に引っ張られて意識が急浮上する。この瞬間は何千回経験したってきっと慣れないんだろう。
朝陽はふ、と目を覚ました。
「……」
ぐずぐずと鼻を鳴らして、目に手の甲を押し付ける。腫れぼったいのは昨日目をこすったからだ。慎の言う通り擦らなかったらよかった。
後悔って、いつも後からくる。
だからこそ 後悔 なんだろうけど。
あたりは朝の明るい光で満ちていて、すこし眩しいくらいの暖かさ。ふあ、とあくびをしてもぞもぞと身じろぎをした。それらがまるで伝染したかのように、
「……ん」
数回痙攣して、慎の薄い瞼が開く。寝起き特有の掠れ声で呟いた。
「あさひ…」
「起こしちゃった?」
「ん、大丈夫…」
そう言ってぎゅ、と強く抱き締められて、むしょうに泣きたくなった。頬に優しいキスが降りる。
たぶん、少しでも長く目を閉じたら寝てしまうだろう。眠たくてしょうがない、とは少し違う。目が痛いからなのかな。ぼんやりと考えながらうとうとと微睡む僕にシンが苦笑を漏らす。起き上がって、
「おはよ、朝陽」
と、言った。
仰向けに寝転がったままの僕に上半身をかがめてキスをする。両脇に置かれた指に触れた。なんで慎の指はいつも冷たいんだろう。
「また何か考えてる」
シンの指が眉間の皺をなぞる。
「俺のことならいいんだけど」
降ってきた端正な顔が、―・・唇が、触れる。丹念にキスを施される。その唇は少し乾燥していた。
「ぽやっとしてるね、可愛い」
泣いたからかもしれない。
貸してもらった慎の服を脱いで、昨日のうちに洗濯しておいたスラックスを履く。
上半身剥き身になった僕の背中をツウッと慎がなぞった。
「朝陽の背中、こんなに綺麗だったんだ」
おいで、と手を引かれて、ベッドに浅く腰掛ける慎の膝に跨る。ちょうど向かい合う形。寝不足でへろへろの身体は言うことを聞かない。くてっともたれかかった。髪を梳く手が心地いい。
「今日、授業出れそう?」
「ん…」
「そっか」
眼鏡のフレームが頭に当たったのか、カチャ、と音を立てた。腰に手がまわる。
(あれ、なんか、)
足りない気がする。
「朝陽?」
思い出したように勢い良く立ち上がって、尻ポケットに手を差し入れた。
―・・無い。
イルカのストラップが、2つとも。
「…、…、」
風呂に入る時以外いつもスラックスのポケットや、すぐ取り出せる場所に入れているはずだ。
思い出せる限りの可能性を探っても、落とした思い出も、何処かに置いた記憶も無かった。
一体どこで。
「っ…」
無い。
なくしてしまったのだろうか。
夕が僕にプレゼントしてくれた、お揃いのイルカ。事故に遭った夕がずっと握り締めていたと有沙さんは言っていた。
僕の宝物。
へなへなとその場にへたり込む僕をとっさに慎が支えた。
「どうしたの?やっぱり具合悪い?」
持っていたって。
どうせ持っていたって、何の証明にもならないのに。僕以外誰も意味を、価値を知らないただのストラップ、なのに。
からからの目から涙が零れ落ちた。
それは床を汚して、小さな水溜りになる。
ほんとうは、実際には涙なんて流れていない。けれど胸の中をさあさあと流れる冷たいものが目から漏れ出しているような気がした。
僕はしばらくの間、呆然としていた。慎が手を引っ張る。
「とりあえず朝ごはん食べてみて、もし無理そうだったら授業休もうか」
抜け殻みたいに空っぽな僕の中に、慎が空気を吹き込んだ。ゆるゆると頷く。長い指が髪先を整えてくれる。
どこにいってしまったんだろう。
ただのストラップに成り果てたはずのプラスチックの塊が、僕の心を唯一支えていた。不安になったり、寂しいとポケットに手を忍ばせ触れていた。きっと指紋でべたべたに違いない。それくらいに。
慎は呟いた。
「今日の朝ごはんは何かな」
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