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「朝陽、帰りに購買寄ってかない?ノート切らしちゃった」
赤城が満面の笑みで言うので僕は断ることができない。今日の赤城はなんだかずっとご機嫌だ。
「あっ、でも僕市川先生に提出物持ってかなきゃだめなんだ」
「わかった。それくらい待ってるよ。いってらっしゃい」
授業が全て終わると部活をやっている人は活動場所へ行ってしまうし、無い人は外へ出て行くか寮に戻るので放課後の校舎は大抵静かになる。僕はこの静かな校舎が少し苦手だ。大きな箱の中に1人、放り込まれたような気分になってしまうから。
パーカーを羽織ってきてよかった。今日は少し肌寒い。黒色のこのパーカーはもともとは夕のものだ。いわゆるお下がりで、ロゴもイラストも無いシンプルなもの。
染み付いていないはずの夕の匂いが香った気がして、僕は軽く鼻を啜った。未練たらたらにも程が有る。
数学科準備室の前に辿り着く。
僕が手をかける前に扉は開いた。
「……あ」
と、目が合う。
「斎藤…?」
「伊吹やん」
テスト後じゃあるまいし、何故ここに斎藤が。首を傾げる僕に斎藤は笑った。
緩んでいたネクタイを結び直しながら言う。
「ちょっと勉強教えてもらっててん」
「そうなんだ?」
「…めっちゃ疑っとるな?まあ来年は受験生やしな」
俺行くわ、そう言って斎藤は歩いて行った。手ぶらなのに勉強?と、少し考えたけれどやめた。今度こそ扉を開く。
「失礼します…」
備え付けのソファに座り、市川先生はぼうっとしていた。
「あの、自由課題…見て欲しくて…」
そして弾かれたように姿勢を正し、
「あ…ああ、伊吹くん」
困ったように笑う。
僕の差し出したノートを受け取って たしかに受け取りました、と名簿に何かを書き込んでいるようだ。
「偉いね。君くらいかな、皆勤賞は」
時々市川先生は自由課題と称していろいろな大学の過去問題をプリントアウトしたものを配る。記述式のそれをノートに解き、提出すると先生が採点、後日指導してくれるのだ。
僕がこれを提出する理由はたしかに成績アップのためでもある。けれど僕はこれらの問題から試験の一部が作られていることを密かに知っていた。だからこうして毎回解いては提出して、回答をもらっているのだ。
先生がノートに目を走らせている間に、僕はふと感じていたことを口に出すことにした。
「さっき斎藤が出てきましたね」
「えっ?!………あ、…あぁ、そうかな」
先生はしゃかしゃかと赤ペンを動かす。
「なんだか珍しいなって」
「ま…まあ、そうだね、アイツは数学苦手だからね…」
市川先生がぱっと顔を上げる。
「それより、時間あるならこの場で解説するけど…今回難しかったと思うし、どうする?」
「あ…」
慎が待ってるはずだ。
僕は首を横に振った。
「すみません、用事があるので」
「そうか。じゃあ明日の授業の後で。」
失礼しました、そう告げて部屋を出る。
教室に戻るために引き返そうとした、その時だった。
放課後は滅多に聞くことのない校内放送の音楽が響く。
『―・・組の伊吹朝陽さん、至急職員室まで来てください。繰り返します――・・』
ギクリと身体が震えた。僕は何か悪いことをしただろうか?それとも身内に何か―・・いや、そうであれば真っ先に携帯に連絡が入ってくるはずだ。姉さんの一件の後、そういう決まりにしたはず…。
得体の知れない不安を抱えたまま、先ほどの市川先生よりもギクシャクした動きで僕は職員室へと足を向けた。
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