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便箋を封筒の中に入れ直し、慎重な手つきでテーブルに置いた。
「……」
スラックスに染みが一つできる。それは零れ落ちた涙だった。
「ごめんね。…もっと早くに渡せればよかった」
有沙さんが隣に腰掛ける。柔らかい微笑みを浮かべ、僕の背中をさすった。
「引き出しのね、一番奥に入れてあったの。遺品を整理する時には気が付かなかったみたい」
ごめんね、そればかりを繰り返す彼女の手を取った。
「有沙さんだって…っ」
姉さんと有沙さんは恋人の関係にあった。
僕はなんて独りよがりだったんだろう。たとえ僕が、その事実を知らなかったとしても。
「…朝陽くん……」
目尻を下げた彼女は、涙を堪えたようだった。
「私は…家族を選んだの」
彼女は思い出していた。
「でもやっぱり、思っていることは同じだったわ。諦めきれなかった。私は彼女のことを深く愛していた。」
海里の婚約が決まった時、「別れて、幸せになろう」そう互いに決めたことを。2人で抱き締めあったことを。
「朝陽くんには…夕は記憶を無くしているけれど…幸せに、なってほしいの」
手紙にはこう書かれていた。
カフェでの態度に関する謝罪、自分は雛森有沙と付き合っていること、家族のことを思い身を引き裂かれる思いで別れることに決めたこと。けれどやはり諦めたくないこと、…夕とこれから会って、それぞれの道を歩めるように両親にかけあってみようと思う。ということ。
姉さんがこれを僕に届けようと思って書いたのかは分からない。けれど所々歪んだ文字が悲しみに打ち勝とうとする彼女を容易に想像させた。そして彼女はおそらく、これを書いた翌日に死亡した。
「海里がいなくなってしまった分、ほんとうに…あなた達には……」
握った手に力が入る。
「幸せに…」
震える身体は小さくて、温かかった。抱き締めあう。しっとりと濡れた黒髪が頬に触れて、また涙が流れた。
ゆっくりと息を吐き出す。彼女は再び口を開く。
「…運命ね」
「姉弟同士、それぞれ惹かれあうなんて運命よね」
「そうですね…」
「私は海里と、あなたのお姉さんと一緒にいられて…とても幸せだったわ」
身体が離れる。涙を拭いた彼女はとても美しく、そして切ない。
「……夕はね、両親のことをお母様、お父様って呼ぶの」
「……?」
僕は首を傾げる。「少し、昔話をしていいかな」有沙さんは笑った。
「夕は小さい頃、今じゃ想像できないくらいにとても身体が弱くて…よく入退院を繰り返してた」
「必然的に両親と会う機会は少なかったわ。様を付けるのはそのせいね。壁を作るようになってしまったの。彼は私と違って父に似て容姿が日本人離れしていたし、よくガイジンと言われて虐められてた。」
澄んだ青色の瞳と、白色に近い金色の髪。
僕は今は見られない彼の柔らかな笑顔を思い出していた。
「傍目から見たら礼儀正しい良い子だったけれど、私からしたら思春期を拗らせたティーンエイジャーみたいにナイフに固執する危うい子だった。退院している時は森でいつも1人遊んでいて…本は嫌いらしかったけれど、ライオネル・ダーマーの手記は好んで読んでいたわね。いつも1人でいるような、さみしいひとだった」
黙って話を聞いている僕の手に有沙さんは手を置く。
「けれどある日、酷い発作で入院している時、夕は言ったの。『青い瞳(め)で良かった』って。」
そう言った有沙さんはゆらりと首を傾げる。
「どうしてって私が聞くと、夕が病院のベンチに腰掛けている時、いつも通りガイジンだ!って指をさされたって。けれどその時そばを通った2人の男の子のうち1人がその子に対して怒ってくれた、たしかに彼はそう言ったわ。『すごく綺麗な瞳だね』と言われたとも…。その子はその病院の息子さんと友達らしくって…」
にやりと微笑む有沙さんに、僕は目を丸くした。
「あなたが夕を救ったのよ、朝陽くん」
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