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「夕は僕のこと、朝陽って呼ばない」
自分でもそうだとわかるほど、弱々しい声だった。
それはツンと張った空気の表面を流れる水のように滑り落ち、そして床を懸命に満たそうとする。
びくともしないシンの喉仏をじっと見つめ、震える声で僕は願った。
「夕が僕のことを朝陽って呼ぶこと…知ってるのは斎藤と、シンだけなんだよ」
何も語らない彼の姿に、不安とも表現し辛い、底抜けに不味い感情が蓄積されていくばかりで。
思わず縋るような声になってしまう。
冗談だよ、と、ただ一言そう言って欲しかった。
「それに中等部の時の…図書館でのことを、知ってるのはシンと夕しかいないよね……?」
遠くから聞こえてくるはずの、部活動をしている生徒の声すら床に吸い込まれてしまう。
沈み込んだ時間。
暗い瞳が僕を見ている。
「ね、朝陽」
次の瞬間。
ふわっ、と、身体が浮遊したかのような感覚が全身をぴたりと覆った。
けれどそれは一瞬で…喉にかけられた圧力で、声すら奪われてしまう。
濁った瞳のシンは、張り詰めた空気にメスを入れた。
「つまり朝陽は、俺が狂言を演じてるって、そう言いたいんだ」
真上からほぼ垂直に絡みついた指に強く首を絞められて苦しい。せり上がってくる苦い熱で、頭がぼうっとする。
あまりのシンの豹変ぶりに、僕はただ今までそれらの狂気に気が付かないフリをしてきたのか、それともシンが自ら隠してきたのか…モヤのかかった頭では判断することができなかった。
「朝陽、僕のこと…好きだよね?…好きになった…でしょ?」
シンは今日、ここで再現しようとしていたのだ。
雨が降る放課後。図書館での、あの事件を。
"ごめん"
そう伝えたいのに、声が出ない。
せめて口の動きだけでも彼に伝わればいい。
僕は泣きながら、シンに許してもらえることだけを願っていた。
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