アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
2
-
目と鼻の先にある、赤い印。
行為に夢中になった僕がつけたそれをそっと舐めてみた。
「雨、止んだみたい」
身体を重ねた後、夕が発した言葉に僕はゆっくりと瞼を瞬かせた。
「今日は帰りが早かったね」
まだ熱が残る胸板に擦り寄る。
情事のかおりを存分に纏った夕は髪に鼻先を埋めながら囁いた。
「……朝陽は…、朝陽なら、選べる?」
どくんどくんと聞こえるのは心臓の音だけじゃない。
「…何を」
僕の頭の中の時限爆弾、もしくは目覚まし時計が立てる音。
それに気が付かないまま、僕は無意識に死刑宣告を受けた囚人のような面持ちをしていた。
「今か、未来かを」
顔をあげたら、目があった。
重なった唇を噛む。
甘い香りがする。
「一週間…何をしていたの」
「…家に…両親に、会ってた」
夕の鼻先が顎を掠める。首筋に埋められた顔を見ることは不可能だった。
ごめん
だめだったよ
そう呟いて再び絡まった視線を辿るように夕の顔が近づいた。
触れ合って、すぐに離れた唇。
夕の青い瞳からは一筋の涙が流れていた。
初めて見る、夕の涙だった。
「婚約することになった」
まるで唇が重石になったようだった。
「え」、「は」、ハテナを示す吐息すら出すことを忘れて、僕はその瞬間…50年にも、100年にも思えたその一瞬、ただただ夕の青い瞳を見つめることしかできなかった。
「…そんな」
「ごめん」
「っぼくは」
ひゅ、と喉が詰まるような感覚。
目の前が真っ暗になって、わからなくなって、触れ合った剥き身の身体が接点から冷えていく。
「ぼくは、どうしたらいいの」
こんな状況なのに。
こんな状況なのに、唐突にペンギンが見たくなった。あの日夕と見た、ペンギンを。どんな色だったか、それさえも思い出せなかった。
そうだ、イルカのストラップ。2人のしるしは、どうしたらいい?
「夕は、何を、…何を選んだの」
握られた手から伝わる温度もやはり冷たかった。
きっと唇も冷たい筈だ。
何もかも冷たくて、何もかもあやふやな、そんな空気にいつの間にか満たされていた。
「…今を、」
「それは…いつか終わる関係を先延ばしにする…そんな未来ってこと?」
言葉を言い終える前に、強く抱き締められてしまった。
馴染んだ香りが、僕だけの香りが胸いっぱいに広がった。
「朝陽を、愛してるのに。こんなに愛してるのに」
僕だって、愛してるのに
イルカだって交換したのに
何をすればいいか、夕と別れればいいのか、それとも水面下でこうして抱き合っていてもいいのか、この時の僕には判断できなかった。
砕けてバラバラになってしまった思考を手繰り寄せることを放棄した僕らは眠った。
目を閉じて、抱き締められた腕の中、一筋の涙が頬を伝った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
32 / 97