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翌朝。重たい瞼を開けた時にはもう、夕は脱け殻ごと消えていて。
フローリングに脱ぎ捨てたはずの僕の衣服は綺麗に畳まれて、円卓の上に正座していた。
また少しだけ、泣いてしまった。
「土曜日からいないんだ」
「…うん」
突然夕がいなくなってから1日と少し。食堂にも顔を出さず、部屋に閉じこもる僕を訪ねたのはシンだった。
体調不良なら仕方ない、と食堂の方に特別にトレーに乗せてもらったのだというお粥を掬って口に運ぶ。
『婚約することになった』
ぐるぐると夕の言葉が頭をまわって離れない。突然の環境の変化に体が、心がついていかない。
たぶん僕は今、宙ぶらりんな存在なのだ。
夕には付き合うべき人がいて、それでも僕と愛し合っていて。
子供でもわかる。邪魔なのは……僕だ。
胃液が沸騰するような感覚に匙を置いた。
シンは何も言わず僕の隣にいる。
夕の婚約についてのことは、言わないことにした。
弾けては消え、弾けては消える僕の意識を繋ぎとめるようにシンは口を開く。
「今日、夕方から海里さんの発表会だけど…大丈夫?行けそう?」
「姉さんの…?」
「あれ、聞いてない?でもスーツは……かかってるよな」
ハンガーにかかったスーツを見やってシンはそう言った。あれは昨日、郵送で送られてきた母からの荷物に入っていたものだ。
「……」
…妙に、ひっかかった。
もちろんシンが詳細を知っていることについてでは無い。
きっと赤城家も招待されているということだろう。僕にはサプライズだと母が言っていたし、僕が知らないことをシンが知っていてもおかしくはない、しかし。
「姉さんの…何…?」
突然いなくなってしまった夕。
ひーくん達に会えること、楽しみにしてる
母は確かそう言っていた。これが意味することはつまり…
いや、そんな、まさか。
繋がりそうになった糸を無理矢理引き裂いて、ぐらりと揺れる身体を支えた。指先から這い上がる冷たい血液とは反対に、脈打つこめかみは燃えるように熱い。
「ひぃ、…大丈夫?顔色が悪いよ。…欠席の連絡をいれておこうか」
「ん…ん、…大丈夫…いく、いくから」
「そっか。でも…まだ時間はあるから、少し寝るといいよ。ちゃんと起こしてあげるから、そしたら準備をして、一緒に行こう。車は…俺の家のを使おうね。連絡をいれておくから安心しておやすみ」
「ん…しん、」
そのままもたれかかって、瞼を閉じる。視界さえ閉ざしてしまえば楽になった。
目を覆った掌があたたかい。
いつも香る筈のヴァーベナは、もうどこにもいなかった。
「朝陽…」
「朝陽……おやすみ」
重なった唇の感触を、僕が知る術はない。
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