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「ひ〜ぃ、もう着くよ」
耳に響く柔らかな声。目をこすってあたりを見渡した。
出発した時には青かった空はいつの間にか重たい黒色に変わっている。どうやら僕は長い時間眠ってしまっていたらしい。
「ごめん…寝てた…」
「大丈夫、俺もさっき起きたとこ」
乱れた前髪を整えてくれるシンにもたれかかりながら霞がかった頭の中、灯りを点けるためのスイッチを探した。
…まるでずっと、夢を見ているような気がする。
夕が婚約するなんて嘘で、夢で。
今僕が座っているのは車のシートなんかじゃなくて、夕が淹れた甘い珈琲を啜るあのベットなんじゃないかって。
そんな、夢を。
「さ、降りよう」
榊さんがドアマンを制し恭しくドアを開けるのを、ただぼんやりと見つめていた。目があった瞬間申し訳なさそうに眉を下げ、ふんわりと笑って言う。
「申し訳ありません。渋滞による遅延のため、オープニングには間に合いませんでした」
「いえ、そんな…ありがとうございました」
相変わらず榊さんの瞳は読めない色をしていると思う。僕はいつもそれが少し、ほんの少しだけ怖い。
「ひぃ、早くいこーよ」
ふいに手を引っ張られて、僕は半ばつんのめるようにしてガラスの扉をくぐった。
「…わ、」
吹き抜けになっているロビーは人でごった返していた。
財界で名を馳せる実業家、テレビで見たことのある政治家から、はたまた有名人まで。
そんな中、海を漂流する硝子壜のように目を彷徨わせていた僕らに声をかけたのは意外にもこの人物だった。
「久しぶりね、朝陽君」
「…!有沙さん」
「雛森さん、お久しぶりです」
雛森有沙。
夕の一歳年上の姉で、海里姉さんの同級生。
「あら、慎一君もいたのね。久しぶり。…そうね、貴方達の学園祭以来かしら。」
そう言って首を傾げる仕草はやはり夕とそっくりだ。
髪色や瞳の色は夕と違い、日本人特有のものを有している。けれど通った鼻梁、大きな瞳、白い肌に映える桜色の唇は血を分けた家族なのだと、しみじみ感じさせるものがあった。
「学園祭、ほんとうに楽しかったわ。海里とも来年も行こうねって話してるの。」
「はは…メイド朝陽、来年も楽しみにしておいてくださいね!」
「っ〜…もう、それは忘れてって言ったでしょ!」
「ふふ、美人さんだったじゃない。大丈夫よ。海里の携帯に画像が入ってるから」
「…な…!」
シンと有沙さんの、愉快そうな笑い声が響く。
「そういえば…渋滞、酷かったんでしょう?オープニングの挨拶はもう終わってしまったの」
「そうなんですよ〜!たしか最近、遊園地ができたんですよね」
「ええ。それまでここも、閑静で良い雰囲気だったんだけどね……大掛かりなイルミネーションをやっているみたい。夕方から行こうって人が多いのかしらね」
イルミネーションか。
いいな、夕といけたらよかったのに。
夕とよく似た有沙さんの顔を見て、今更現実に引き込まれた僕は項垂れた。彼は今、どこで何をしているんだろう。
「…朝陽君?」
「……あっ、すみません」
「なんだか顔色が……ああ、ついつい喋ってしまって。ごめんなさいね。海里はもう少し入ったところにいるわよ。私はちょっと外の空気を吸いたくなってここに出て来たの。このまま真っ直ぐ進んで行けば分かるわ。ゆっくりね、…じゃあ」
ひらひらと手を振る有沙さんに応えて、僕らは少しずつ歩き出した。相変わらず人が多い。
「大丈夫?」
「うん、ごめん。人が…多くて」
「あー、確かに。これじゃあ前が見えないよね」
重そうな観音開きの扉をくぐった先には、立食パーティーが賑わいを見せていた。
きょろきょろとあたりを見渡して、姉さんを探す。
「んーやっぱ見えないな」
「どこにいるんだろう……」
あ、海里さんだ というシンの声が耳に入ることはなかった。
「……っ」
御伽噺の王子様。
何故ならそこには金髪碧眼の彼が、姉の隣に立っていたのだから。
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