アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
9
-
「これ、…インスタントだけど」
「ありがとう、いただきます」
「熱いから気を付けてね」
腰掛けたベッドは僕の部屋のそれと同じ物なのに、漂う雰囲気は全く違う。他人(よそ)の部屋に来たんだ、ということをしみじみと実感しながら珈琲を啜った。
「あじ、どう?」
「美味しい。蜂蜜と牛乳、これが好きなんだ」
「よかった。伊達に3年ルームメイトやってたわけじゃないからね」
「ふふ……あ、そういえばルームメイト、いないんだね」
「いないっていうか…いたにはいたんだけど、学校やめちゃったんだ」
「…?ふうん」
「俺達とはクラスが違うし、高等部からの編入生だから知らない人だと思うよ……あ、暖房今つけるね」
キャスター付きのナイトテーブルにマグを置いたシンは立ち上がる。これは僕の部屋にはないものだ。持ち込んだものなんだろうか。
(時計仕掛けのオレンジ…)
初めて見る題名だ。
一冊だけそこに置いてある本の表紙を覗き込んで、珈琲を一口含んだ。嚥下する音がやたらと大きく響く。
「じきに効いてくると思うから、ちょっと待っててね」
「ありがと。そのオイルヒーター懐かしいな」
「でしょ。ひぃはエアコン駄目だから、たしか俺が家から持ってきたんだよね」
「うん。喉が痛くなってさ」
「今はどうしてるの?」
「今はね、……」
ふと、思い出した。
まあるいツマミが付いた、白色のオイルヒーター。
ネット通販を吟味していた僕を後ろから見ていた夕がプレゼントだと言って買ってくれたそれは、ベッドの側に控えているはずだ。
『暖かいね』
「……雛森のこと、考えてるの」
急に黙り込んだ僕に柳眉を顰めたシンの指がマグに絡まった指を解いて、包み込む。
酷く冷たい指と、珈琲であたたまった僕の指が触れ合って、混ざり合って。一粒の涙が零れ落ちた。
「…朝陽」
「……ごめっ、」
「朝陽」
抱き締められて、伝わった心音に呼応するかのように溢れ出す涙が止まらない。
お互いに頭を冷やす時間が必要だと、僕は言った。
冷やすまでも無い。だって答えはすぐそこに、あっけなく転がっているのだから。
そうだ、僕は夕のために、姉さんのために、恋人と離れなくちゃいけないんだ。
「…わかれ、なくちゃ」
「うん…」
「やだっ…やだよ、」
「うん」
「やだっ…」
「うん、辛いよね」
「…うっ…ぅう」
「でも、それが朝陽の出した答えなんだもんね」
心なんて、小さな物じゃない。
内臓を全部、もぎ取られたような感覚に身震いする。
それを埋めてくれるシンの声が、体温が欲しくて僕は強く抱きついた。
足りない。怖い。
もっと、欲しい。
「…っ…ぁ、うぅっ…」
行かなくちゃ。
夕のところへ、行かなくちゃ。
「朝陽…」
「しん…しん」
「大丈夫だから、俺がいるから」
「大丈夫だから」
夕のところへ、行かなくちゃいけない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
39 / 97