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チョコレートの沼で
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深呼吸をして震える指先でドアノブに触れた。
「……っ…」
これを引っ張ることは、今までの日常に切り込みを入れることと同義だ。
『でも、それが朝陽の出した答えなんだもんね』
そうだ。実行しなきゃいけない。
言葉は行動に移して初めて現実になるんだ。言葉に縋る弱い人間では、もういられない。
もう1つだけ深い呼吸をして、ドアノブを引っ張った。
途端。
「…っ、わ…っ」
隙間から生えるように伸びてきた白い腕に引っ張りこまれて、つんのめるようにして部屋に入った。
暖房もおろか、灯りすらついていない。
暗くて何も見えない。
「…っ、ゆ」
「朝陽」
「夕…」
「朝陽、朝陽、朝陽」
抱き締められて、夕の香りが強くかおった。
安心する香り。
僕だけの、香り。
「夕」
「朝陽、好き」
「…っ」
「愛してる」
首筋に顔を埋めて吐露する夕の身体は酷く冷たかった。ずっとここで待っていたんだ。僕のことを。
「愛してる」
金色の髪の毛が頬を擽って、流れていく。
まだ僕は、夕の顔を一度も見ていない。
「……夕、あのね」
「やだ」
「夕」
「別れない、別れないから」
ドン、と鈍い音をたてて、壁に押し付けられる。
「っ…ゆう…!…っ、ん」
重なった唇から、熱い吐息が伝わる。
「…〜っ、んん、…ゆ、きいて」
頑なに閉じたそれを舐めていた舌が顎先、首筋を這う。ちくりと走った甘い痛みに腰が疼いて、たまらない。駄目だ、流されてしまう。
「ぁ…だめっ…」
「あさひ」
「…んっ…」
「愛してるんだ」
やっと、目が合った。
暗くてもわかる。青い光に吸い込まれそうになって、なんとか持ち堪える。スーツを掴んだ僕の指先は白くなっていた。
「っ…、…夕、」
返事は無い。
「別れよう」
「別れない」
「っ…わかれないと、皆が困る。ばれたら、夕は辛くなる。姉さんだって…」
「そうアイツが言ったの?」
「あいつ…?赤城は」
「シン、なんでしょう?シンがそう言ったの?」
「…ちがうっ、ぼくが」
「朝陽はもう、俺のこと好きじゃない?」
好きに、決まってるじゃないか
「好きだからっ…すきだから、夕のこと、考えてるんじゃないかっ」
「なんでわかってくれないの、なんで、なんで」
なんで、婚約なんかしたんだよ
「なんで…なんでっ…」
なんで、姉さんなんだよ
「朝陽、」
とうに枯れたと思っていた涙が溢れ出せば、もう止まらなかった。
息をすることすらままならない。
苦しい。
僕だって、幸せになりたい。
夕の隣にいたい。
「なんで、姉さんなの、…なんで、…っ他人じゃないの…!」
夕に、もちろん姉さんにも罪が無いことは知ってる。
知ってるのに、
「置いてけぼりにしたのは夕のほうだろっ…!」
「あさひ、ごめん、俺は」
「…っぁ、ぅう」
「好きなんだ、だから、離れたく無い。離したくない」
「ううん、別れよう、…離れなきゃ…っ、」
手首を掴まれて、より一層近づいた顔。青い瞳から零れ落ちた涙が頬を伝う。
「…っ俺は、俺は今を選んだよ、選びたいよ、朝陽」
『それは…いつか終わる関係を先延ばしにする…そんな未来ってこと?』
「いまはっ、今は、いつか終わる、」
「それでも、朝陽が欲しいんだ」
金色になってしまった髪が、スーツに染み付いた外の匂いが、僕に今を突きつける。
「朝陽、分かって、お願い」
「俺を、離さないで」
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