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窓から射し込む光は全て焦げ茶色のテーブルに吸い込まれる。
「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「ありがとう」
華奢なカップに注がれた液体を見つめる。一口啜ると豊かな香りが鼻を突き抜けた。
視界を掠めた掛時計に溜息をつく。
(遅いな…)
姉からの電話は、2人で会わないかという内容だった。引き受けた僕はこうして指定されたカフェにやってきたのだ。朝起きた時、まだ夕は眠っていた。もちろん通話を終えた時も。
もう、起きているかな。
今の状態で姉に会うのは正直、辛い。
憎いんじゃない。
どんな顔をすればいいのか分からないんだ。婚約者と付き合っている僕を見る姉の視線は、弟に向けるはずのそれなのに。
僕は…
無意識に力をいれてしまったせいか、カップに触れたソーサーが痛い音を立てた時だった。
「ひーくん」
「…姉さん」
「日曜日ぶりね。ごめんなさい、遅れちゃって。」
「ううん。あ、先に注文しちゃった。」
「大丈夫。すみません、メニューくださぁい」
手渡されたメニューを開き、吟味する目は真剣そのもの。
…やっぱり、物凄く美人だ。
アーモンド型の瞳、それを縁取る長い睫毛。烏の濡れ羽色の髪はポニーテールになって揺れている。
「お似合いだな…」
「ん?」
「あっ、なんでもない」
思わず口に出てしまった。
姉といるとどこか無意識にリラックスしてしまうんだろうか。
火照った頬に掌を押し付けている間にも、いつの間に注文したのか珈琲を受け取る姉はシュガーポットの蓋を開けていた。
「あれ、姉さんってブラックしか飲めないんじゃなかったっけ?」
「んーそうなんだけどね」
黙り込んで、トングで挟んだ角砂糖を見つめるその姿に僕は若干の違和感を覚えた。
それはほんの一瞬だったけれど…ふっと笑った姉はティースプーンにそれを乗せる。
スプーンごと黒色に沈んでいく角砂糖が、ゆっくりと、それでも確実に溶けていくのが見える。
「私、海里…いや、伊吹の長女でいたくない気分なのかも。」
「え?」
「あ、ごめんなさい、ちょっとおかしいのよ、私。今のは無かったことにして?…ひーくんのはダージリンなのね、美味しそう」
一口啜った姉は甘いわ、と言って冷たい水を口に含む。
「私もそれにしたほうがよかったかも…はい、…ありがとう」
運ばれてきたのは小ぶりのガトーショコラ。粉砂糖がかかった白の部分にフォークを滑らせると、何かに気が付いたように顔を上げた。
「ひーくんはケーキ食べないの?…16時だから、まだ遅くはないわよ」
「うーん…僕はいいや。」
「そう…あ、そのショップ袋。買い物してきたんだ?」
「うん。朝から行ってきた。それにしてもいい雰囲気だね、ここ」
「でしょ。前にお母さんと来てね。いつかひー君とも行きたいなって思ってたの。」
「へえ」
首を傾げてケーキをつつく姿はまるで夕、…というよりは有沙さんを連想させた。つられるようにダージリンを啜る。
「お母さんったら、はしゃいじゃって。毎日電話をかけてくるのよ。夕さんとはデートしたのか、とか…無いと言ったら今度は会う予定はないのかの一点張り。もうウンザリしちゃう。」
言葉とは裏腹に、ゆったりとした笑みを浮かべる姉は幸せそうに見えた。
「そうなんだ…」
思わずシャツを握りしめ俯いた僕。
…引き金さえ与えてくれれば、考えなくてもいいのに。
フォークを持ち直す姉は口を開く。
「でね、今度、誘ってみそうかなって思ってるの。ひー君はルームメイトなんでしょう?夕さんが好きな場所とか趣味、スポーツとか…なにか知らない?」
「うーん…どうかな…」
教えるのが、嫌だと思った。
夕は動物園より水族館が好きだとか、珈琲はブラックしか飲めない、とか。
テニスよりバスケットボールのほうが得意だ、とか。
セックスの時はよっぽどのことが無い限り、きちんとゴムを付けることとか。
そういう、僕が知ってること、僕だけが知っていることを、全部。
「本が好きだよ」
だから嘘をついた。
夕はあまり本を読まない。
「へぇ、そうなんだ。じゃあ古本屋とか楽しそうね」
「そうだね……っわ、」
「…!?」
…そんな僕への罰だったのかもしれない。
その瞬間、揺れた地面。
狂った手元から滑り落ちたティーカップ。零れる水分はお気に入りのクレリックシャツを濡らす。
「じ、じしん…?っあ、ひーくん、シャツが…待ってね、今拭いてあげるから」
「えっ、いいよ、自分で………あっ」
3つ外された釦。
そこからのぞく肌には、
「ひーくん…これ……なに?」
夜伽の痕が、色濃く残っていた。
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