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いつだって
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side 杜宮 啓介
幼い頃、親戚の大人たちが俺に言った。
『啓介くんは、とても優秀ね。将来が楽しみだわ』
『きっと、私たち一族のこの会社を背負ってゆく立派なトップになってくれる』
幼いながらも、俺は薄々自分の立場を理解していた。俺の将来は父の会社を継ぐことで、父と祖父が創り上げたこの会社を絶やさず、もっと大きく成長させること。
『啓介には私たちの会社をより大きく繁栄させて貰わないとね』
父の言葉が俺の肩にずっしりとのしかかる。
おれはいつだって、YESしか言えなくて。
親戚の期待の眼差しが、父の俺への誇りが、痛い位に俺の心臓を刺す。
父が引いたレールの上を俺は進む。
そこにいつだって俺の気持ちは置いてけぼりだ。
『お前は"イイ子"だね』
近所に住むお菓子屋のおばあさんに言われた一言。
「……皆、大人たちは俺に同じ事を言うよ」
母も親戚の人も先生も。
俺は良い子だと口を揃えて俺に言うんだ。
『…アタシが言う"イイ子"は褒め言葉なんかじゃないよ』
「え…?」
おばあさんはすずっとお茶をすすりながら、ふうっと小さく溜息を漏らした。
『…お前はタダの"聞き分けのイイ子"ってだけさ。何でもかんでも、はい、はいと頷くYESマンだね』
『本当は納得なんて、これっぽっちもしてない癖して、あんたは親が怖いからYESしか言えないのさ』
「お、俺の事情なんて、知らないくせに…!」
おばあさんの言葉が俺の痛い確信を付くから、俺は頭に血が昇り叫んだ。
『知ったこっちゃないよ、そんなの』
だけど、おばあさんの真剣な瞳にビクッと身体が強張った。
『何が"俺の事情"だい。そいつはあんたのじゃなくて、"大人たちの事情"だろ?』
『あんたが、本当に父親の会社を継ぎたいのなら、それでいい』
『…だけど、自分の気持ちに嘘を付いて誤魔化してまで、"イイ子"を演じたら、あんたのその気持ちは何処へ向かえばいい?』
おばあさんの言葉、一つ一つが胸に落ちてゆく。俺は初めて泣き出してしまいそうな衝動に駆られたんだ。
『今はお前が我慢出来でも、そのうち、ボンって爆発しちまうんじゃないかって、心配なんだ』
『…いつか、お前が大きくなって、そんなお前にプレッシャーを掛けた親を恨むのはお門違いだよ。アタシはね、お前に自分の気持ちを大切にして欲しいよ』
父に厳しく叱られた時も。
母に泣かれた時も。
こんな気持ちになったことなんて、なかった。
いつだって、辛かった。友達とサッカーや野球がやりたかった。習い事や塾なんてやりたくなかった。ゲームや漫画も、沢山やってみたかった。…友達だって、欲しかったんだ。
俺は今までの分を取り戻すみたいに、おばあさんの膝でわんわん泣いた。
泣いても泣いても、涙が零れて溢れて。
如何しようもなく、止められなかった。
初めて自分の本当の気持ちに向き合った。
平気だと思っていた俺の心は、傷だらけで、痛くて痛くて初めて痛さを感じた。
いつだって、俺の気持ちを置いてけぼりにしていたのは父さんじゃなくて、俺自身だったんだ。
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