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『Arctic Days』②by.夏月亨
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鞄から携帯電話を取り出し、通話ボタンを押す。
表示されている名前は、見ても頭に入らない。
「はい…」
「あれ?谷下さんの携帯でしょうか?」
「はい、そうです」
「えーと、息子さんかな?谷下さんはいらっしゃいますか?」
「いいえ、いません…いないんです、…っく」
昼に電話を受けてから僕は一滴も涙は出なかった。
だけれど、ママの不在を告げ、相手の声を聞いた瞬間、堰を切ったかのように涙が溢れ止まらなくなった。
ママのことを知っている人。
ただそれだけなのに、でも他に僕はそんな人を知らない。
どんな人なのかも、全くわからない。
ひとりになるのが怖かった。
そしてどれくらいの時間が過ぎたのか、部屋のインターホンが鳴った。
「準くん?さっき電話で話した桧原です。開けてくれる?」
僕は迷った。
けれど結局、開けなくても不安なのは同じだ。
誰でもいいからすがる人が欲しくて、扉を開けた。
その瞬間から僕はひとりではなくなり、温かい人に包まれた。
たとえそれが人でなしであったとしても、その時の僕にとって…、
その温かみだけが、唯一の希望の光に思えたのだ。
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