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『Arctic Days』⑧ by.夏月亨
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20歳の誕生日に僕は養父を亡くしていたことを知った。
それからの僕は。
義父が遺した生命保険・貯金の遣い道を考えに考え、2年掛かりで医大に進むことにした。
現在の僕は27歳。
今年の春、大学を卒業しインターンとして毎日を忙しく過ごしている。
「桧原先生」と呼ばれる度、不思議な気持ちになる。
名前も顔も、もう全く覚えていないが、母の治療に当たってくれた医師のようになりたいと思った。
損得ではなく、無機質な仕事のさなかに見た慈愛の光。
医師は母を治療する為に、というよりも僕を納得させる為にあの5日間を与えてくれたのだと思う。
言葉ではなく、医療行為そのもので、ただ僕の、遺族の為だけに。
そして人でなしのまま死ぬことを選ばなかった桧原。
僕の誕生日を最期の日に選ぶだなんて、本当に忌々しい。
けれど桧原らしいとも言えた。
桧原が与えてくれた物。
それは未成年に対する最低限の庇護であり、他人の冷たさであり、人間の浅ましさ、ずるさ、みすぼらしさ、そういった負の遺産すべてを込め、最期まで人に迷惑をかけて逝った。
ただ無心に、僕を思う心だけを遺して。
自分の卑屈さ、醜さ、弱さを知り尽くした僕はどのような人間になればいいのだろう。
途方に暮れそうになった時に、思い出した医師の瞳。
目の前の事実に、ただ誠実に。
僕はそんな瞳を持つ人間になりたい。
医師と桧原、二人からもらった贈り物。
僕はそれを抱え、これからも様々な死と向き合っていくだろう。
そして医師となり初めてのクリスマスをもう間もなく迎えることになる。
きっと忙しくて、あっという間に過ぎてしまうに違いない。
準季は窓の外、病院の木々にまで煌々と輝くイルミネーションの光を見つめながら、口元にわずかな笑みを浮かべた。
おしまい。
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