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『傍にいなくても。』③ By.夏月亨
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夕方部屋に戻り、いつものように食堂に行ってふたりで夕食を食べた。
そしてクリスマスソングばかりがかかっている有線にチャンネルを合わせ、曲名の早当てをしたりしてたわいもない時間を過ごす。
甘い物嫌いの尚人は、デザートタイムと言っても口にするのはコーヒーだけだ。
なるべく小さな物を選んだが、それでもロールケーキは切り分けると5切れもあった。
食堂で行き会った寮生二組に引き取ってもらえるように声をかけておいたので、早速紙皿に取り分け、それぞれの部屋に持って行きおすそ分けをした。
残っていた一切れを冷蔵庫から取り出し、残していたサンタを尚人の口に押し付けた。
『んあっ』
驚いた尚人は変な声を上げる。
それがおかしくて僕は笑い転げた。
「せっかく買ったんだから、イチゴくらい食べてよ。ケーキの一番いいトコロなんだし」
尚人は生クリームが甘い!と顔を思いきりしかめてコーヒーに口をつけ、そのコーヒーも熱くてなかなか流し込めずにぶつぶつ文句を言っている。
僕はそれを横目にケーキにフォークを入れ、真っ二つに割る。
『まさか…、それも食えなんて言わないよな?』
甘さを想像して悪寒が走る、と身震いしながら尚人が尋ねてくる。
「言わないよう。でもこれは尚人の分。ちゃんと僕が食べるけど」
『何でイチイチ分けるんだ?』
「ん~、だってクリスマスらしいことちょっとはしたいかな、と思ってわざわざ買ったんだよ?食べてくれないのはわかってたけど僕だけが食べるって何だか寂しいし、せめて尚人の分も食べたってことにしたいからね」
『う、悪ぃな。でも裕樹は、あれだ、優しいんだな』
「ん?」
フォークを口に入れたまま、言われたことがわからなくてきょとんとしてしまう。
『叔父貴がクリスマスの時に毎回言うの、思い出してさ。聖書にそういう言葉があるらしくて、何でも神はたったひとりの息子を与える程、世の中のことも愛していたんだそうな。』
「んん??叔父さんってそういうの詳しい人なの?」
尚人のうんちくが始まるのはいつものことだが、今回は聖書と来た。
イマイチ意味がよくわからない。
『うん、今の仕事就いてからやたら信仰が深まってるみたいだな。きっとそういうのが必要なんだと思う。かなしいって気持ちは「引き裂かれる」痛みから生まれて、その傷口からかなしみはにじみ出た物なんだって。でもかなしさはずっと同じ形ではいられない』
「いつまでもかなしんでばかりはいられないってこと?」
『そそ。かなしさを知ってる人間は優しさを知って、やがてそれは慈愛に変わるんだと。クリスマスは神が息子を手離してかなしんだ、その愛を知る時でもあるんだってさ』
「そっか、イエス・キリストの降誕なんだもんね」
『で叔父貴は最後にこう言う訳さ。何でも分け与えられる人間になりなさい、かなしみを知って、優しさと愛を知る人間になるんだぞ、ってね』
「でもそれが何で僕が優しいになるん?」
『ケーキを分ける、引き裂くって行為は、ウェディングケーキでも初めてのふたりの共同作業とかよく言うけどそれは違うらしい。愛そのものを表してるんだってさ。わが身を裂く痛みを、愛を喜んで捧げます、そういう意味なんだって』
「へええ、そうなんだ。クリスマスケーキも同じ?」
『ああ。俺の分も裕樹は分けてくれた。だから裕樹は優しい人間なんだなって。クリスマスのたびに聞かされるから耳にタコなんだよな。意味分かった?』
「うん、わかった」
僕が優しいかどうかはともかく、そうやって少しずつ尚人は自分のことを切り分けて教えてくれる。
きっと僕が寂しいと思っている気持ちを察してこんなことを言い出したのだろう。
何も要らない、ホントはケーキだってどうでもいい。
尚人さえいてくれれば。
そんな本音を見透かされたのだと思う。
クリスマスの本来の意味を、尚人の身近な人の言葉で聞かされ知った。
尚人という「人」のことをまたひとつ知ることが出来、じわじわと心の中に幸せな気持ちが染み渡っていくような気がする。
ケーキを買いに行って良かったなと思い、気がつけば笑みが浮かんでいることに気づく。
そうして慎ましやかな時間は、緩やかに過ぎて行った。
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