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『傍にいなくても。』④ By.夏月亨
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時刻は0時を回り、クリスマスイヴに変わった。
尚人に手を引かれ、食堂と続きにあるサロンに連れて行かれる。
辺りは人気がなく、非常灯の灯りしかない薄闇に包まれ、コートを着込んでいてもやや肌寒い。
そして尚人はいつも練習に使っているアップライトピアノが置かれた防音室のドアを開けた。
「電気、どこだろ?」
『つけなくていいよ』
そう言って僕の手を引いたまま尚人は慎重に足を進め、椅子に腰掛けピアノを開いた。
一音鍵盤を鳴らして指の位置を確かめ、さっき有線で聞いたメロディを奏で始める。
ママがサンタにキスをした、サイレントナイト、もろびとこぞりてなどの定番から、戦メリ、サイレント・イブ、クリスマスイブ、恋人はサンタクロースなどの歌謡曲まで、時には同じ曲の別のフレーズへとメドレーは転々と飛びながら続いたが、やがてピアノの音が止み、深夜の、僕だけの為のリサイタルは終わってしまう。
コトン、と蓋を閉める音がする。
部屋が静けさを取り戻すと、また少し寂しくなってしまった。
(いけないいけない)。
そう思って口を開こうとするとぎしっと椅子から立ち上がる音が聞こえ、肩口に尚人の指が触れ、その次の瞬間には手の平が頬に移り、唇にキスがふわりと舞い降りた。
唇の形を確かめるように何度か撫ぜられ、最後にちゅ、とリップ音を立てて唇の真ん中に唇が押し付けられ、寂しさが堰き止められる。
「こんな真っ暗闇なのに、よく口の位置がわかったね?」
『俺にとって裕樹はピアノと一緒だからな。触れれば位置くらいすぐわかるさ』
鍵盤の上を踊っていた指はほんのりと温かく、頤に額に、と顔中あちこちを触れ渡り、くすぐったくなり声を出してくすくすと笑い合う。
お返しに、と僕も同じ場所を追いかけて顔に触れ、肩に腰にとタッチし、恋人の形を確かめつつレッスンルームを後にした。
こうやっていつも、尚人は僕を夢中にさせる。
切なさもかなしさも、悦びも痛みも、その感情の一番深い部分は尚人によってもたらされ、愛で埋め尽くされる。
聖なる夜。
傍に居ても、いなくても。
一緒にいると、離れてしまうことをつい考え、切なくなる。
一緒にいない時は、切なさを通り越して時折哀しい。
寂しくないと言ったら嘘になる。
だけどこんなに幸せな夜もまた、知らなかった。
哀しいのは愛しいせい。
愛を知ることは、かなしさを知ることから始まる。
尚人と手を繋いで、綯い交ぜの「不幸でもある幸せ」に感じ入りながら幾段かの階段を上り、僕らの部屋のドアをそっと閉めた。
Silent night, holy night!
All is calm, all is bright.
Round yon Virgin, Mother and Child.
Holy infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.
清し この夜 星は光り
救いの御子(みこ)は 馬槽(まぶね)の中に
眠り給う いと安く
Merry Christmas!(完)
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