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『繋がった空の下でメリクリ』③ by.ぷにこ
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「まーくりん、まーくりん、お前泣いてんの?」
ニヤニヤと笑いをこらえる同期と目が重なりハッとなる。
袖口で涙をゴシゴシと拭った。
ヒリヒリする目元を緩ませ、口角をあげる。
「めっちゃいい歌やん、感動したぁ~」
無理矢理笑顔を作って、適当にそう言った。
けど、亮のことで頭を埋め尽くしてしまった以上もう歌う気にはなれない。
頭にはあの部屋と、コタツで温まっている俺から見えるベッドの上で寝そべって携帯をいじる亮の後ろ姿。
その、後ろ姿に声をかけたくてしかたない。
でも、それは頭の中の思い出。
KREVAのイッサイガッサイを、聴き流すようにして歌った。
俺もこの曲好きだったと、ひとりが笑った。
23時すぎに解散して独り暮らしの部屋に戻った。
いまだに慣れないひとりの部屋。
物もあまりない生活感のない部屋。
あの部屋とは違う、寂しい部屋。
酔っている頭は直情的になっていた。
携帯の電話帳を開く。
見るとラインのマークがあり、画面を確認するとラインゲームのアイテムを送ってきている、こいつ。
登録しなくても、頭の中で覚えている番号の、今俺の頭を埋め尽くしているたったひとりの存在。
通話ボタンを押して、耳に当てる。
固定音は3コール目で切れて、通話が開始になった。
『まさき?』
「久々」
『久々やなあ、元気しとん?』
「んー元気よ、あきらは?」
『元気よ』
「ははは、そっか」
『そうよ、お前死んだかと思ったわ』
「何でなん」
『いっつも電話きとったのに、てかポコパンのクローバー送れや』
「うん、わかった…なあ、あきら?」
『ん?』
「なんでもなーいとーきー、ふとしーたーとーき、思ーい浮ーかぶんでーす、いつーの間にか」
さっき同期がカラオケで歌っていた歌がどれだけ印象的だったんだろう。
一度聴いただけなのに、覚えた曲を電話越しで唐突に口ずさんだ。
俺にとってこの曲は、亮の歌だと強く思ったんだ。
『右手にとーる電話ー、楽しーくしゃべって』
すると、受話器越しで亮が続きを口ずさむ。
思ってもみなかった亮の行動に視界が揺らいだ。
それは、間違いなく嬉しいと思った瞬間で、亮も俺と同じ気持ちのようなそんな気にさえさせた。
何も言ってないのに、交互にワンフレーズごとで替わって歌う。
電気もつけてない部屋のベランダにある窓からフローリングの床がかすかに照らされる中で、演奏もなにもない俺の下手な歌と電話越しの亮の歌声が、じんわりと俺を慰めているみたいに、静かに心へ染み渡っていった。
「心が癒されるんでーす、涙が止まらないんです」
『かけがえのー無い存在、心ーの中ーで』
「幸せーな存在、あなたーといると」
『体休ーまること、楽しーくしゃべって』
「心が…ずっ」
『…まさき泣きよん?』
「うん…会いたい」
『早よ帰っておいで』
「…うん」
『俺の隣いつでも空いとるけん』
「告白か」
『そうよ、俺らホモダチやん』
「はは…」
『まさき限定やけん』
「じゃあ俺もあきら限定やな」
『てかまさきわかっとる?今日クリスマスやで?もう終わるけど』
「…そやなぁ…」
『まさきへのクリスマスプレゼントは首輪にしたげる』
「は?なんでなん」
『お前が帰ってきたら首輪に繋げて3~4回往復ビンタかます』
「うわっ最低やん」
『そんで最後にチュッするけん』
「まじか、最後だけありがたくもらっとくわ」
『いかん、俺から離れたお仕置きよ』
楽しそうに悪戯なことを話す亮に少しムッとなる。
(放置しとったんお前やん。漫画読んで携帯ぎりいじって…)
俺がどれだけ寂しい気持ちで亮から離れたと思っているんだろうか。
亮が何かに没頭した時期に構ってくれないという理由で上京を選んだ俺も俺かもしれないけど。
ただ今は満たされていくなにかを感じる。
亮の懐かしい声。
ずっと離れることがないと信じていたあの頃。
アホみたいにくだらないことで笑い合った日々。
頭の中で亮との思い出が再生されていった。
『まさき怒ったん?首輪うそやけん』
「いや、ホントにされたら困るし」
黙ったまま物思いにふけっていたら、怒っていると思ったのか亮が弁解する。
冗談だとわかっていたので、それに対し別に怒ってはいない。ただ、可愛い奴と思い笑いながら答えた。
『しゃあないなあ、クリスマスなんがほしいんぞ』
「…マジで?…愛がこもったやつがいい」
『首輪しかないやん』
「そんな愛いらんわ」
『じゃあ考えとくわ』
「ありがとう、俺も亮のクリスマスプレゼント考えとく」
『マジ?愛込めてや』
「おー、待っとれや」
『なあ、まさき』
「ん?」
『メリクリ』
「忘れとった、メリクリ」
『早よ寝や』
「そやなあ、明日も仕事や」
『俺もよ、寝ろ、おやすみチュッ』
「なんそれ」
『早よ寝ろおやすみチュッ』
「冷たっ…おやすみチュッ」
『チュッチュッ』
投げやりにそうチュッチュッ言い合ったあと、お互い電話を切った。
上京して初めて迎えたクリスマス。
不思議と寂しいと思わなかったのは、亮のおかげだ。
ー来月の正月休みの連休を機に俺は地元へと久しぶりに戻った。
キャリーカートと、東京土産とドルガバの包装を持って、住宅街に入ったあの狭い小道を進んだ駐車場のある古い一軒家を目指す。
お土産のほとんどは、大好きな亮のおばちゃんのものだ。
さっきまで長距離の移動にげんなりしていたのにもかかわらず、その家が見えたとたんに足早になった。
そして、馴染みのある家の前でひとりの青年が立っている。
美容師の見習いをやっているからか、一丁前に格好よくなった男を見た瞬間荷物を途中で放り捨て、両手を広げ待ち構えている男の胸に飛び込むようにして抱きついたのだった。
「うわっ、マジでちゅうしたこいつ」
「ふふ、首輪は買ってないで」
「俺がお前用に買っとくし」
「は?どこのどいつが言よんぞ泣き虫」
「…もう言うなや!」
地面に落ちた荷物をお互いが持ち、懐かしく感じる部屋に笑いあって入る。
するとそこには、マイルドセブンのカートンが8つ入ったコンビニの袋がコタツの上に置いてあった。
「いやぁ、思い付かんかったけん」
これは、どうやら俺へのクリスマスプレゼントらしい。
いや、これは亮から俺へのクリスマスプレゼントだ。
ドルガバのベルトを大事に持ちながら、笑う目の前の亮をしばいてやろうかと思った。
「……あ、りがとう…」
それでもお礼を言ってしまったのは、このプレゼントがこいつらしいと思ったからである。
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