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『サンタと天使が笑った夜』⑥by.高瀬結衣
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俺は段々と大人しくなり、窓の外に顔を向けた。
この人は、悪い人ではないのかもしれない。
俺と会っているといっていた。
どこで。いつ。
(ハラ、ショウジ……)
考えてもやはり記憶になく、しばらくして俺は窓に顔を向けたまま、ボソリと呟いた。
「工藤 亜貴」
前を向いていた男の顔がこちらを振り向く様子が窓に映る。
「俺の、名前」
それから少しの沈黙の後、ふいに男が口を開いた。
「アキ」
「いきなり呼び捨てかよ」
「腹は減っているか」
「腹? まかないは食ったし、別に」
「チキンは食べるか」
「は?」
「クリスマスといったら、チキンとケーキだろう」
「……」
別にクリスマスを待ち望んでいた子供とかじゃないし。
いらないと思ったけれど、男はわざわざ途中でタクシーを停め、通りかかった店でチキンとワインを買ってきた。
この人、本気で俺とクリスマスパーティでもするつもりか。
文句をいってやりたくてもうまく言葉が出せないまま、気付けば見知らぬ高層マンションの前に到着していた。
「ついてこい」
さっさと歩き出す男の後を、渋々ながらついていく。
指紋認証で扉が開き、その扉をくぐる瞬間、俺は考えた。
この扉をくぐったら。
俺は帰って来れるのだろうか。
ひとりぼっちの、俺の世界に。
売れ残りの、格安2000円で買われた俺。
やっぱり2000円の価値しかないのかも。
だって今の俺には、失いたくないものも気持ちも、なんにもないなと気付いてしまった。
ああ、そうか。
それこそケーキのおまけになっちゃうくらい。
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