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意味
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愛を履き違えた先にあったものは別れだった。そんなものは当然で、そんなことはわかりきってたはずなのに、俺は恋という絶対的ヒーローが俺という弱虫を手放すはずがないと思い込んでいた。その憶測はあながち間違いではなく、恋はやさしいから、優しさひとつで俺を殺せてしまうほど、優しいから、恋が俺を手放すことはなかった。だけど、俺は、それが『お終い』なのだとわかってしまった。
最後に抱いた恋の肩、最後に押した恋の背中、最後に見た恋の表情。すべて鮮明に覚えている。
お前を、忘れたい。忘れられたい。
お前を、忘れられない俺でごめん。
お前はきっと俺を大切にしてくれていたから、責任を感じてしまうだろうなぁ。だから俺は、まるでもうお前がいなくても生きていけるような顔をして、お前がこの街から出て行く姿を見届けた。痛くて、苦しくて、死にたくて、泣けて、仕方なかった。これが本気の恋だったとしたら、もう二度と同じ思いはしたくないと思うぐらい、張り裂けそうなぐらい、胸が痛かった。
緩やかに、確実に、おかしくなっていく関係を。
見て見ぬ振りをして、補って、壊れてしまわないように包み込んだ関係を。
終わりにしようと言えないお前に、俺はトドメをさしただけ。
俺の心にトドメをさしただけ。
逃げてごめんな。なぁちゃんと生きている?
俺は俺で、生きてるよ。
意外とね、本当にね、お前のいない世界でも、俺は死なずに生きれてしまっているよ。朝は寝て、夕方前に起きて、ご飯を食べて。出勤して、お酒を飲んで、香水を浴びて、女の人に媚びて、ゲロ吐いて、寝て。その繰り返しだけど、それなりに人気もあってそれなりに売り上げに向上できてそれなりに人間関係も上手くいってて、俺はからっぽだと思っていたのに、一人では生きていけないと思っていたのに、どこにいっても一人になることはなくてさぁ。
高校の時にはいなかった、仲間なんてものができて。仕事仲間だけど、ようやく恋の気持ちがすこしだけ、わかった気がした。俺はお前の一番になりたかったけど、お前の一番になれなかった。それは、至極当然のことだったんだなぁ、って。
俺、ちゃんと大人になれそうだよ。
ちゃんと人間になれそうだよ。
これが本音かどうかは、よくわからないよ。
「愛くん、で、どうすんの?そろそろイエスって言ってほしいんだけど?もう何度目の質問かわからないけど、俺と一緒に住む?」
「………。邪な目向けられてもなぁ。」
「だーかーら!ガード固いってば〜」
俺のおセンチを全部掻っ攫っていく人がいる。急に距離をつめつきて、急に俺の隣に立とうときてきて、心の中を見透かす目を隠すように微笑まれる。城下くんという人間に呑まれる感覚を少しずつ感じてはいるけれど、俺はこの人を恋の代わりにするつもりもなければ、恋の代わりになれるとも思わない。
「ていうかねぇ、敬語。もーやめてくれないかなぁ?」
「んなこと言われても、城下くん年上だし先輩だし、無理ですね。」
「んーっ、クール!クールなのはいいんだけどさぁ〜?なーんか距離、感じちゃうっていうか?」
「距離、置いてるんですよ。」
「はい出た、すぐそういうこと言う〜」
警戒して何が悪い。へらへらへらへら、自分の中身をみせないくせに、俺の中身を知りたがる姿勢。怖がって何が悪い。俺は俺でしんどいんです、疲れるんです、悲しくて辛くて痛いんです、ほっといて欲しいのに、甘い言葉ならべて。ホイホイついて行きたくなるような手を差し伸べてくる。
「ち、ひ、ろ、って呼んでみー?」
「ち、ひ、ろ。はい。」
「あーーっちがーーう!もーー!」
「千弘。静かに。」
「………ふっ、はは、…いいねぇ?その、王様って感じ?」
「おうさま。それは初めて言われたな。王子様、とは言われたことあるけれど。」
「王子様ねぇ〜。残念だけど、キミはそんなに可愛くないよ。」
長い睫毛を見せつけるように、瞼を伏せる彼。ここはいい、俺のことを詳しく知ってる人が一人もいないから、どう演じても、俺として認識してくれるし。
「右も左も分からないで、どうすればいいのかわからないのに、虚勢ばっかり上手な王様。俺の真似をしてるなんて大嘘つきだね。その強気、誰の真似?」
「ふふ、俺、城下くんのそういうとこホントに大嫌い。」
「ありがとう、俺も意地悪だと思うけど、俺にも俺の都合があってねぇ。」
ずず、っと目の前に置かれているコーヒーに口をつける。城下くんに毎日のように、一緒に暮らそうと声をかけられつづけていて、周りはそれを面白がって放置。こうやって暇があれば俺の家に入り浸って、寝泊りする日もあるぐらい。俺としては勘弁してほしい。なぜなら、彼は、すこしおかしいから。調子が狂う。
「城下くんさ。寂しいの埋めるためなら、別に俺じゃなくてもいいでしょ。」
「好き。好きだから、愛しているから、だから側にいてよ。」
「嘘が上手だな。」
「チッ、ダメか〜。」
「っていうかなに?城下くんはゲイ?俺は男だよわかってる?」
「驚いた、今更そんなこというの?愛くんはノンケじゃないでしょ、裸でベッドの中にいても動じなかったし?今更そんなこと言われても断られる理由としてはナシだよ〜」
細い体を揺らして笑う、城下くん。
骨に皮一枚くっつけたような体、いつも手首は赤く縛られた痕があるし、首回りなんてキスマークと噛み跡だらけ。死んでしまうんじゃないかというぐらい乱暴に抱かれた痕を隠しもせず、どことなくそれを喜んでいるようにすら見える。
遊び人、といっては可愛すぎて、違う。クソビッチ、がお似合いのダメ人間。誰がお前と一緒に暮らすかよ、毎日ストレス抱えそうなこと、自らしたいとは思えないだろ。
はぁ、とため息。困った人。
「俺は城下くんのこと、得体の知れない人だと思ってます。」
「あれま、それはそれは。んー、自己紹介しよっか?」
「すーぐ、そうやってふざけるし。」
「自分を守りたいんだよ。んー、タバコ、吸ってもいい?」
「俺、タバコ嫌いです。」
「へぇ、そうなんだ〜」
「…………耳、悪いんですか?タバコ取り出してんじゃねぇよ。うちに灰皿無いっての。」
笑うだけ。いつも。
嫌いって言ったのに、城下くんはポケットからタバコの箱を取り出した。
金色の、薄い箱。見た目から女タバコだとわかるそれを口に咥えて、俺の言葉を無視して火をつける。
「俺の部屋なんですけど。」
「強行突破ってしってる?臭い残したら忘れないでしょ〜」
「なんでそんなに必死なんですか?俺じゃなくてもいいくせに。」
「……じゃあ、キミじゃなきゃダメならいいの?」
「はぁ?」
「俺ねぇ。心の弱い子がだぁい好き。顔の綺麗な子もすきなんだぁ。そうだな、もうまるで、愛くんみたいな?」
「………。俺のこと、なんにも知らないくせに。」
「知らないよぉ、だから知りたくて誘ってんじゃん。」
人、一人分の距離。ぐっと、城下くんにつめられる。俺と城下くんの距離は友達のソレではなく、恋人のソレに近いぐらい。
「俺はそのお綺麗な顔に蔑まれたい。」
お綺麗な顔。どっちが。と言いたくなる顔が、ずいっと近づいてきて、タバコの煙をふぅ、と吹きかけられた。
「欲情されたいんだ。恋って人の代わりでいいから。」
ぷつん。
耳の奥で糸の切れた音がした。
すると思うか?
アホなんじゃないのかこの人。ああ、あーもう。めんどくさいなぁ。
恋、お前ならどうする?
お前なら、…。
「俺は城下くんを好きにならない自信がある。しつこくて面倒でもうすでにダルいから。」
お前なら、上手く交わすんだろうなぁ。
城下くんの指の間に挟まったままのタバコを奪って、飲みかけのコーヒーカップの中に捨てながら、細くて折れそうな肩、トン っと一回押せば、簡単に城下くんの体は床に倒れこんだ。
薄い耳に指を這わせる。恋なら顔を赤らめたけど、城下くんは余裕そうな顔をしているだけで、ますます、この人と恋は同じではないと思う。
心が冷えていく。
どうだっていい。どうだって。
生きてはいるけど明るくはない。けっして明るくはないよ、恋がいない世界はね。
だけど俺は、お前に許される人間になりたくて、ひとりを選んだわけだから。もうお前のもとには帰れないし。
あー、だから、もう、めんどくさいよね。いろいろと。
例えばね、何にも知らないくせにカマかけて、知ってるそぶりをみせてくる先輩とか。そう、こいつだよ、こいつ。
「気持ち悪いんだよ、お前。一回抱けば諦めてくれます?どういうふうに抱かれたい?痛く?酷く?優しく?望む通りにしてあげるから、二度とその口から恋の名前を出すな。胸糞悪い。」
ああ、恋、たすけて。
俺のヒーロー、俺のヒーロー。
虚勢ばかり、 本当にそう。
お前が居なくても生きていけるなんて嘘だ。嘘だよ。ほらもう、他人からお前の名前がでるだけで、嫌になるよ。なにもかも。お前をすきなまま死んでしまいたい。お前以外を愛せる自信はないから。
俺を忘れてほしいなんて嘘。
忘れないでほしい、戻ってきてほしい、もう一度って言われたい。もう一度恋人になりたい。死にたい。愛したい。死にたい。
死にたい。
「…………悪かったよ。泣かないで。」
枝のような腕が伸びてきて、俺の頭を抱きかかえてくる。ぼた、ぼた、と、意識をしないうちに、大粒の涙の雨で、城下くんの顔を濡らしていた。
「いじめてごめん、ごめんね。…弱いね、キミは。本当、よく泣くなぁ。」
「…………よ、わいよ、俺は。」
「俺たち、愛されたいね。」
うん、
うん。
愛されたい。
ぽっかり空いたままの心、忙しさで誤魔化してばかり。心が寂しさを、虚しさを、悲しさを、痛さを、感じることをやめてくれたら、どれほど楽なことか。
恋を忘れたフリをして、自分は真っ直ぐ立てているように演じてみせる。その姿を自分に錯覚させて、恋がいなくても平気な自分をつくりあげて数ヶ月。
崩壊。
愛してくれるなら誰でもいい、わけがない。
お前じゃないと意味がない。
恋じゃないと、意味がない。
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