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「ねぇ桜庭くん?」
「どうしたの明海さん」
本日の職場、ピリピリレベルは5段階中2。
0なら皆は楽しくお喋りしているし、5の場合は部長ですら場の雰囲気に怖気付いてる。
2段階はまさに微妙中の微妙。皆の気遣いはちらほら伺えるものの、内緒話は出来る程度で...現に俺は今隣の明海さんに話し掛けられてるわけだしね。
あぁ、ちなみにこのレベルは、
100%桐嶋寛人の機嫌によって左右されている。
「今日の彼はぁ、どういった原因でご機嫌斜めなのかなぁ?」
さも迷惑そうに眉元を顰める明海さん。
芯を引っ込めたボールペンの先が、ぐりぐりと俺の頬へめり込む。
俺を恨む前に、社員一人に環境を支配されてしまうこの職場についてもう少し考えた方が良いんじゃないか?
桐嶋さんの機嫌が悪いと仕事場がピリピリする、それは仕方ない。となるとその原因が悪い。つまり俺だ、悪いのは全部俺だ。なんて考え方... 結構酷くない?
「....いや。あの、今朝ほんの悪戯で激甘コーヒーを振舞ったら怒られちゃって」
それまでは存分にラブラブしてたんだけど。
「馬鹿でしょ。ほんと怖いもの知らずなんだから」
「明海さんだけには言われたくないよ」
そう。昨日の失態の責任を丸投げされた腹いせに、俺は今朝桐嶋さんへ糖度十割増しの砂糖漬けコーヒーを提供してやった。
一口目からむせ返ってた様子を見るに、あのコーヒーは甘党の彼にもきついものだったそうで。
物凄い形相でこちらを睨みながら全部飲み干してくれたのは優しさなのだろうか、俺への愛なのだろうか。 ...と、ポジティブな事を考えてみたり。
「それで?
怒った桐嶋さんに専属コーヒー係を外されちゃったわけだ?」
明海さんの指差す先には、給湯室へと向かう一人の新人社員。
桐嶋さんに頼ま...パシられて、可哀想に新たなコーヒー係に任命された男社員B君。
あぁそうだともその通り。俺はほんの悪ふざけが原因で、大事な仕事をお役御免になってしまったんだ。
「まぁ あたしからすれば!
桐嶋さんの気の短さも、桜庭くんの悪戯の下らなさも、毎日パシられるコーヒー係が誰であろうと、限りなくどうでも良い事なんだけど」
だろうな。
「けど、良いの?
桐嶋さんは君のコーヒーを気に入ってるんでしょ?誰が容れても正直そんなに変わりないと思うけど、何故か君のコーヒーを好んでるんでしょ?」
一言二言多いよ。
「大丈夫、俺ちょっとあの新人くんにこっそり容れ方指導してくるから。それから...桐嶋さんの悪口たくさん教えてやらないと」
「待って悪口の意味は何」
「何って決まってるよ...あの新人くんが毎日少しずつ接する事で桐嶋さんに憧れ抱いちゃ困るだろ?」
当然の様に返せば、明海さんは心底呆れたといった様子でひらひらと手を振った。好きにしろ、何があろうと我関せず、そんな感じ。
わざわざ俺が指導する必要もないだろうよ、幾ら新米でもコーヒーが作れない奴なんて居るはずあるまいよ。
ただ、アツアツをなみなみに容れちゃって理不尽に怒られる新人くんを見るのも哀れだし? 舌火傷してますます機嫌悪くなる桐嶋さんとか職場環境的に害だし?
内容が何であろうと、先輩としてああしろこうしろ直々に指導してあげるのも、時には必要だし?
さぁ、そうと決まれば即行動だ。
俺は事務作業を放り出し、社員Bを追って給湯室へと駆け飛んで行った。
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「ねぇ君、桐嶋さんにコーヒー係託されたんだって?
面倒でしょ..別に上司だろうが、嫌な事は嫌って言って良いんだよ?」
「桜庭さん...」
初絡みから飛ばし過ぎたかな、とは思ったけど。
案外Bくんは気さくな人で。ぐいぐいと話し掛けて来た俺にも、笑顔で対応してくれた。
「良いんですよぉ、俺まだ大した仕事も任されてないし。こういう仕事って、新人がやるもんでしょう?」
うわ、良い子だ。出来るタイプの新人だ、俺の苦手なタイプそのものだ。
どうせ軽い雑用押し付けられても難無くこなしちゃって、特にする事も無いから上司のコーヒー係?はいはい俺に任せてくださいよって具合で引き受けたんだろ。
俺なんて新人の頃は、桐嶋さんにコーヒー気に入られたのが唯一の救いだったんだぞ。それしか取り柄無かったんだぞ。
「良いよ俺が作るから、君は持って行くだけ頼むよ。...あの人ただの飲み物にも結構うるさいから」
「えっ... あー、と。お願いします」
まず教えたのは給湯室、右から二番目の引き出し。桐嶋さんはここに入ってるドリップコーヒーしか飲まないんだという事。
そんなこだわりがあるなら自分で容れれば良いのに...って思うだろ?
思え、面倒臭がれ、桐嶋さんを嫌ってしまえ。
沸かしたお湯を、ゆっくりじっくり、フィルターを濡らさぬ様注意しながら注いで行く。
その過程でふとBくんに目配せした俺は、きっと不穏な笑みを浮かべていたに違いない。
「あの人怖いでしょ? あんまり関わらない方が良いよ?...特にほら、新人いびりとか半端じゃないし」
...別に嘘じゃないし、経験上だし。これ位言っても問題は無いだろ。
「俺なんて殴り飛ばされた事あるんだから。それもトイレの扉ごと破壊しちゃって...漫画みたいにさ。怪力が過ぎるんだよね」
...まぁ 俺が会社で無理やりキスした時なんだけど。
「真面目に仕事してても態度が悪いだの細かい事で会議室に呼び出し喰らうし、何かに付けて厳しいし、深く関わるとストレスの原因になっちゃうと思うよ?」
...まぁ正直桐嶋さんがあそこまで尖ってたのは俺の新人時代だけなんだけど。
「そうなんですね...
あぁでも俺、桜庭さんは桐嶋さんと仲が良いって聞きましたけど」
困り笑いの後寄越された言葉に、ふと目を瞬かせる。
そうか...別に関係がばれてないにしろ、今や俺と桐嶋さんは皆にとって“仲良しの社員”なんだ。
普段がそれ以上の“恋人”だから、妙に隠そうとしちゃうんだけど。
俺は小さく咳払いした。
「ま、まぁ...慣れちゃった所もあるから、かな。
怒鳴られたり、俺だけが理不尽な理由で叱られたりする事にさ。
...それに。何だかんだ良い所もあるからね、桐嶋さんは」
あ...あれれ...
「ミスして遅くまで残業した時、一緒に残って手伝ってくれたり。営業成績上げたら良く頑張ったなって素直に褒めてくれたり...」
...おかしい。段々言いたい事がずれてる様な。
「風邪引いてぶっ倒れたら心配して電話くれるし。急性アル中でうっかり死にかけたらちょっと泣いてくれたし?」
急性アル中で部下が死に掛けるって事態はかなり異例だったと思うけど。
というか、待てよおい。
俺は後輩に、桐嶋さんの悪い部分を教えたかった筈なのに。思い切り嫌な印象与えてやる筈だったのに。
ひとしきり桐嶋さんの良い所をぶちまけちゃって、果てには、この後輩、
「桐嶋さんって一見怖そうだけど、本当は優しい人なんですね」
なぁんて第二の桜庭と呼ばれてもおかしくない程良い笑顔で笑っちゃってさ。
失敗じゃないか...大失敗じゃないかどうしてくれる。
かと言い、ここまで話した事って正直全部ノンフィクションだし。今更撤回するわけにも行かないし。どうにかしないと...
「や... いやいや、優しくなんかないよ、全然。
ちょっと可愛い所もあるけど、基本は仕事が恋人の絵に描いたような鬼上司だから! 俺たちの想像以上に闇抱えてる人だから!ほんと関わらない方が良いと思うな!俺は!」
「さ、桜庭さん...あの...」
文字通りの罵詈雑言。慌てて悪口の言葉を重ねる俺をよそに、その後輩は、怯えた様に俺の背後を指差した。
振り向いた先の人物に、思わず目を見張る。
俺の嫌な予感は百発百中、見事的中するんだ。
「いっ...いつからそこに..!?」
入口際の壁に身を擡げ、じっとこちらを捉えていたのは、噂をすればの桐嶋さん。
「桜庭よぉ...
てめぇ新人相手に何べらべらと勝手な事吹き込んでくれてんだ?」
「ち...違うんです桐嶋さん、これは...っ」
勝手な事というか全て事実なんですけど...何て言い返したら、今度は給湯室ごと殴り飛ばされるのかも知れない。
どうにか弁解しようと駆け寄れば、あっさりと撥ね除けられてしまった。
「おいおい、余り関わらない方が良いぜ...
俺は基本仕事が恋人の、絵に描いたような鬼上司だから。なぁ?」
「え、えぇっ...と......」
この後 ────
職場のピリピリレベルは当然のごとく最高段階へ繰り上がり。
俺が桐嶋さんの機嫌取りに掛かったのは、
約3時間であった。
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他の社員が桐嶋を好かないように仕事以上に全身全霊を尽くす桜庭のお話でした。(笑)
まぁ。これが2人の平和です。
そして想像以上に闇抱えてるのはどちらかというと桜庭です。
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