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ああ言えばこう言う
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黒い笑みを浮かべた桐嶋さん。
ズボンのポケットから引き抜かれた手が持っていたものを見て、サッ血の気が引くのを覚えた。
「携帯…ですか」
何をされたかなんて、画面を見ずとも察しがつく。
だってそれは、元々俺がした事だったから。
だがまぁそれでも一応画面を確認すると、
『録音完了』の知らせが映った。
不敵に笑う桐嶋さんが、こんなに悪魔のように見えたのは初めてだ。
そしてまた、
俺としたことが、一本取られたという感じであった。
「お前が必死に俺をどんな目で見てたか熱弁してたのは、全部この中だ」
「…ちょ、それどうするんですか…」
「お前が気色悪いホモ野郎だということを、皆によーく知らしめてやる。
喜べ、明日から人気者だぞ」
「…わあ嬉しい」
形勢逆転ってわけですか。
頭が切れるのと性格が悪いのは知っていたが、良いタイミングにここまでやり返してくるとは。
盗聴なんてのはしょうもない悪戯みたいなものが、後に他人へ事実を確証させるための手段としてはもってこいだ。
だから怖いのだ。
俺が冷や汗をだらだらと流すのを見ると、桐嶋さんは満足そうに目を細めて言った。
「なに、別に消してやってもいいんだぞ。
…お前が、あの夜の事情を、録音されたデータごと記憶から抹殺するならな」
勝ち誇ったような態度取ってるが、
それって要するに、『これでおあいこだから許して下さいお願いします桜庭様』ってことだよな? そうだよな?(ドS脳)
まったく、俺も俺だ。
どうして不利な立場に置かれてこんな強気なのかわからない。
だが、一度握りとった上司の弱み…
そう容易く手放してなるものか。
「良いですよ、貴方が土下座して懇願してくれたなら」
「はーぁ? だったらお前は俺の靴でも舐めてみろよホモ野郎」
「俺は別にホモじゃありませんー!
…っもう、変な意地張ってないで、
さっさとこんな下らない事終わらせたらどうなんです」
「その下らない事を始めたのはお前だろうが」
…もっともだ。
俺が悪いのはわかっている。
だが、この人にしてやられた苛立ちは溢れるばかりなのだ。
トイレでこんな喧騒繰り広げてオフィスまで聞こえないのかとか、
また誰かトイレに来るんじゃないかとか、
そしたらこの壊れた個室を見てどう思うんだとか、
そんな事は一切、頭の中からすっかり吹き飛んでいた。
「これだからあんたって人は…
昨夜の恩を忘れましたか!?」
「それとこれとは別だ、
何かにつけて過去の話を蒸し返すな!
そんなだから女も出来ねぇで、男なんかに血迷うんだよ!」
「あんたが俺の前で妙な姿ばかり晒すからでしょうが!」
「はぁ!? また俺のせいかよ」
お互いがお互いを引っ掴みあい、激しい口論が盛り上がってきた時だった。
ガチャッ
と音がして、
トイレのドアが、再び開け放されたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ぶ、」
「部長…!?」
俺と桐嶋さんはその背の低い中年男性(部長)に肝を抜かれてフリーズ。
部長の方は、喧嘩真っ只中の俺達を見て、呆気にとられてフリーズ。
トイレに一瞬、口では言い表せないような妙な空気が流れた。
そして次の瞬間には、
どうやって状況の責任を擦り付けようか必死も必死である。
掴み合った俺達は、同時に互いを指さした。
「部長、こいつが…!!」
「桐嶋さんが!!」
顔を見合わせてまた静止した俺達に、
部長はゆっくりと首を傾げる。
「…が、
どうかしたのかい?」
そんな間にも、
温和なじじい(部長)のことだから、
今俺がここで桐嶋さんを責めても、気を回して場を和まそうとしてくれるだろうとか、
はたまた、天然なじじい(部長)のことだから、
俺の言葉を上手く勘違いしてしまうのではないかとか、
そんな無駄な事が頭をぐるぐると回った。
してそれは、桐嶋さんも同じだったらしい。
「「……なんでもありません」」
とうとう諦めた俺達は、
不思議がる部長を置いて、
いつの間にか揃って便所を後にしていた。
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