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淹れ立てから10分は冷ませ
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~桐嶋side~
「あっつ…!!」
最悪な午前に続け、
最悪な午後が始まってはや4時間。
担当エリアの巡回を終えオフィスに戻った俺は、給湯室へ入りかけた社員にコーヒーを頼んだのだった。
が……
「熱いのは駄目だっていつも言ってんだろ…」
まさに今、その黒々とした液体に悩まされていた。
白い湯気が上がるカップに、
再び恐る恐る口を触れる。
いくら俺が猫舌と言えど…
口内が焦げそうな程の熱さに、悪意すら感じていた。
人間の飲める温度じゃねぇ。
熱湯を注ぐなんて、喉に胃に悪影響だ。
誰だ、いつもこんな非健康的なコーヒーブレイクを楽しんでいる社員は。早死するぞ。
残念なことに、
意識せず声をかけたあまり、これを淹れた社員の顔は忘れてしまった。
舌に見事な火傷を負い、
イライラしながら思い出したのは、
俺がいつも適温のコーヒーを頼んでいたのはあの桜庭樹なのだということ。
そして、
俺の為にわざわざ冷ましたぬるまコーヒーを持って来れるのは、
毎日こき使われている奴だけなんだということだった。
くそ…俺のコーヒーメイカー及び雑用係が、あんな形で居なくなるとはな。
桜庭樹…
それは朝から今まで、
思い出す度頭に来た名前。
今頃まだ熱にでも浮かされているのだろうか。
会社に来なくてせいせいする筈が、こういう時に寧ろ不便だったりするからまた癪だ。
…俺のコーヒーだけ淹れに来い。馬鹿野郎。
なんとなく不服な気持ちで僅かずつ熱い液を口にしつつ、資料を整理していると、
前方で、1人の社員がじっとこちらを捕らえているのに気が付いた。
「…明海さん?
どうかしたか?」
また桜庭の茶飲み仲間か。
出来るだけ関わりたくない相手だ。
不審…いや、不思議に思い呼びかけると、
明海はオフィス内を気にした様子で、控えめに手招きしてきた。
「なんだよ」と目を細めても、
彼女はにっこりとわざとがましく微笑むばかりだ。
…怪しい。何かあるな。
怪訝に思い、それでも歩み寄ると、
これまた社員にはバレないような小声で、
「今お時間ありますか?
会議室でお話が…ほんの数分」
そう言ってきた。
親指と人差し指でその少量加減を示す明海。
俺はさらに眉をひそめた。
…ますます怪しいじゃないか。
部下が上司を会議室に呼び出しだと。
身に覚えもなく、訳が分からん。
俺はこの時点で、
桜庭関連の話だと踏んでいた。
この女が俺に珍しく話しかけて来るなんて、それ以外考えられない。
「…急ぎの用なんだろうな」
「ん~…まぁ、一応…?」
威圧を掛けた言い方には、
そうやって返事を濁してくる。
俺は腕を組みじーっとその様子を伺った。
すると明海も、何故か仁王立ちで対抗して来る始末だ。
…何なんだよ一体。
互いが互いに維持を張り合いこうなるわけだが、
腹の探り合いをしたって仕方がない。
俺は諦めて、
無理し過ぎて表情筋が引きつっている明海にため息混じりの言葉をかけた。
「…はぁ。
まぁ、仕事に差し支えない程度なら構わないけど」
「ほんとですか?
ありがとうございまーす!」
やれやれ…
どうせ有給2日目の馬鹿社員の話なのに、
どうして許してしまったのかと、この呆れ顔にはちょっとした後悔の念も含まれる。
今から何を言われるのかなんて、知ったことじゃない。
…が、逆にどんな文句を吐かれようがさらりと言い流せる自信がある。
とにかく、
桜庭樹、あいつはクビ確定だ。
何としてでもその方向へ導きおとしめてやる。
理由は俺が気に食わないから。
…それだけだが何か。
ーーーーーーーーーーーーーー
「じゃ、桐嶋さんこちらに」
扉を指さす明海は、
やはりまたしても胡散臭い笑顔を貼り付けていた。
「ああ。…今行く」
ここで時間を確認しようとして、
初めて気づいたのは、
俺の手首にいつもの腕時計が無いことだった。
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