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なにそれ?! なにそれ?!
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その時俺が、何気なく普段寄りもしない屋上へ向かったのも、
ある意味のきざしだったのだろうか。
扉を開けるとクソ寒い中煙草を吸っている人影を見て、
俺は思わず回れ右しそうになった。
冷たい風になびく黒髪短髪。
昼の街を眺めながら煙草を吸う、その姿だけで絵になるような男前。
こんなの、うちの社に1人しか居ないんだよ。
(タイミング悪過ぎかよ…
なんで桐嶋さんがこんな所に…)
今から引き返すのも不自然な上、彼はがっつりこちらに気づいている。
俺をじっと見る桐嶋さん。
表情で言えば無。全くの無。
なんとなく声をかけられずに固まっていると、
やがてするりと煙草を引き抜き、
「なんだよ、お前かよ」
とくたびれたように言われた。
久々に話しかけられた気がする。
それに、ちょっと疲れてはいるようだが、
いつもの桐嶋さんだ。
俺は嬉しくなって、
寒い風の中、彼の隣へと歩いた。
「煙草、
1本ください」
「…嫌だ」
吸えもしない癖にせがんでみると、
見透かされたのか、あっさり断られる。
結果特に用事もなくなった俺は、
特に用事もないなりに、もう少し桐嶋さんとの距離を詰めてみた。
「うぁー寒いっすね…
なんでこんな所居るんですか」
「喫煙室が掃除中なんだよ」
渋々といった様子の桐嶋さんに納得する。
掃除のお婆さんは、清掃中に喫煙室に入ると、めちゃくちゃうるさいのだ。
「……そ、ですか」
「……おう」
それにしても、
何なんだろうかこの俺達の微妙な雰囲気。
後5センチで肘がひっつく位の距離感なのに、全然近くにいる気がしないというか…
別れたばかりの恋人並に冷めきっている。
再び訪れた無言のさなか、
冷えきった風のみが吹きすさぶ。
ただ体が冷えていくだけの状況に、俺がいかにも居心地悪そうな顔をしていると、
桐嶋さんは諦めたように深いため息をついた。
「……ったく、用がねぇなら中入っとけよ。
凍えちまうぞ」
冬の不透明な空を仰ぎながら、そうやってつれない態度を取るのだ。
俺は少し口を尖らせて言い返した。
「一緒に居ちゃ駄目なんですか」
なんでそんなに冷たいんだ。
俺何かしたっけ、いやしてない。
至って通常運転、1日にいくつかしょうもないミスを犯すだけだ。
不貞腐れる俺に、
桐嶋さんはふっと小さく笑った。
「好きにしろよ」
突然優しい目を向けられて、胸がドキッと高鳴った。
今まで何度かだけ見た、桐嶋さんの柔らかい表情。
どれほど単純なんだか、拗ねていた気持ちも北風と共に吹き飛んで行ってしまう。
「…はい…ッ
俺ずっとここに居ますね」
思わず戸惑って目を逸らしてしまった。
そんな顔、直視出来ない。
これ以上好きになったら、俺はこの人の犬と言われるよりもっと酷い存在になりそうだから。
肩を並べているだけで、少し微笑んで貰えるだけで、こんなにも幸せなんだ。
この寒空を仰いでいるだけの昼休憩が、
何物にも変えられない時間なんだ。
こんなふとした時こそしみじみと思うものだ。
俺はもう、
この人を好きじゃなくなることなんて、絶対出来ないんだろうなって…
「…なぁ、桜庭」
やがて同じように顔を背けた桐嶋さんが、
少しためらいながら話しかけてきた。
俺が首を傾げると、更にためらったようにそっぽを向いたまま口を噤む。
「…桐嶋さん?」
笑いながら、「どうしたんです」と聞きかけて、
目を疑った。
外気に触れる桐嶋さんの顔は、耳や首元まで赤くなっている。
おぼつかない視線が俺を捉えると、もっと赤みが刺していく。
それが気候のせいではないと気づくまで、
そう時間はかからなかった。
「…………寒ぃんだけど」
「…えっ」
ボソッと呟かれた、
少し切羽詰ったような声。
まさかの期待にごくりと息を飲んだ俺は、
顔を俯かせた彼の左手が、
ズボンのポケットからするりと屋上の淵、俺のすぐ隣に置かれたのを見た。
「……………手が、寒ぃんだよ」
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