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ふんわりたまご
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狭いテーブルに、大きめの皿をふたつ。
その上に落としたのは、ふっくらとした黄色いかたまり。
更にその上に、容赦なく赤いケチャップを滴り落とす。
…以上の過程で無事完全体を迎えたのが、
俺作、オムライスである。
輝かんばかりの黄色い卵を目の前に、
頬杖をついた桐嶋さんは謎のため息をついた。
「…なるほど。これが女子力か」
「男に女子力言わんでください」
「何言ってんだ。
家事全般は出来る、一人暮らしならそれくらいとは思うが、料理もこれ」
お前料理店でも開くのか、と冗談を言う桐嶋さんに、その予定はないですね、と笑いながら食器を渡す。
どう見ても感動してくれてるしどう聞いても褒めてくれてるのに、
この人相手だとどうもバカにされてる気がするのは何故だ。…何故だ。
「あと名前も女みてぇ」
・・・ それ女子力とか関係なくね。
俺がただ単に中性的な名前してるってだけじゃね。
「また言いましたね!
そういう発言が俺にコンプレックスを与えるんですよ、桐嶋さん」
名前のことは、物語が始まった当初から気にしてるのだ。
そりゃ、一人暮らしの男が飯を卵で綺麗にとじるような料理作るなんて珍しいのかもしれないけど、
こっちばっかりは自分のせいでもないし。
「俺だって、もっとかっこいいのが良かったです…」
欲を言えば。ね。
…俺、桜庭樹。25歳にもなって、
自分の名前に不平を吐く。
「うわ、御両親に失礼だぞ」
「あんたが言いますか」
ジトっとした目を向ければ、
美味い熱いとオムライスを頬張りながら見事に話を逸らす。
真正面からもぐもぐと口を動かす桐嶋さんを見て、
こうして向かい合わせで食事をする事も珍しいということに気づいた。
居酒屋じゃカウンター席に横並びが多いし…何せどの店にしても、2人で食事するのに座敷は使わないからなぁ。
…いや、待てよ。
そう考えると、そもそもどちらかの家で食事するってこと自体初めてなんじゃないか。
だよな。初めてだよな。
やばい…
なんかこれ、同棲っぽくてテンション上がる!!
「……名前といえば桐嶋さん」
「その話まだ続くのか」
「俺って、桐嶋さんに下の名前で呼ばれたことないですよね」
「あ? あぁ…呼んでねぇもんな」
当たり前だ。
だって上司と部下だから。
仲良くもなかったし、職場からの付き合いだし。
…でも今は恋人。
恋人の俺としては、一度でも聞いてみたいものである。
桐嶋さんの呼ぶ「樹」を。
「じゃあほら、どうぞ」
「……ぇ。な、なんだよ」
マイク代わりにした手を桐嶋さんに突きつける。
嫌だとばかりにスプーンを口へ運ぶこの人は、面倒くさそうな顔を見せた。
「ど う ぞ」
次の一口にありつく間も与えず注意を引くと、渋々といった態度でぼそりと呟くのが聞こえた。
「…ぃ、いつき………君」
・
・
・
なぜわざわざ君付けした!?!
沈黙の中、再びはたと目が合う。
何がそんなに恥ずかしいのか真っ赤になってるこの人に、
ぽかんとしたのち、
必然に笑いがこみ上げてきた。
「ふはっ!
桐嶋さんともあろうお方が、名前呼んで照れるとか…しかもいつき君って」
「ぅ、うるせぇ今のナシ!!
つかお前こそ、名前で呼ばれてみたいとかどんな乙女思想なんだよッ」
「ぁははっ…はぁーしんどい。
まぁ、あの…うん。
落ち着かないんで桜庭でいいです」
「当たり前だ…!
もし変な癖つけて会社で呼んじまったらどーすんだ」
桐嶋さんが、会社で俺を名前呼び…?
そんな……そんな事が起こったら、
皆が驚いて一斉に貴方を振り返り、聞き間違いと信じ込むまたは聞かなかったことにして、作業を再開すると思う。
とりあえずビビられるのは確かだな。
「しっかし、今のは可愛いわ桐嶋さん…」
そう言ってニヤニヤしていれば、気色悪いとぴしゃりと叩かれてしまう。
そんな相変わらずの休日なのに、なんかすげぇ楽しい。
例えるならばこのオムライスだ。
たっぷりの卵みたいに、満たされて、包まれて…
……って、どこのポエマーだよ。
乙女思想を指摘されるのもあながち間違いじゃないな。
とにもかくにも、
俺の毎日は、この人でいっぱいなのだ。
出張でもなけりゃ、平日休日変わりもせず、朝から晩まで桐嶋寛人。
それなのに全然足らない。
飽きるなんてとんでもない、ひたむきに貪欲に、もっともっと欲しくなる。
望む形を言葉にするなら、そうだな……
この人の家族になりたい…かな。
そんなの無理だなんて、わかってますけどね。
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・
・
・
「てか桐嶋さん、卵余らせ過ぎ。
冷蔵庫に2パックもあるんですけど…
コレステロール上がりますよ」
「スーパーに買い物に行くんだが、すぐ何買うか忘れんだよ。あるあるだよな。
で、そしたらもう、卵しかないかなって」
「……貴方がたまにそういう、突っ込み所しかない発言すんのも、好きですよ。俺」
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