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静かな朝 賑やかな通勤
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──…あ。あさだ
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瞼の表面に、柔らかい明るみが触れてくる。
と共に、前髪をさらさらと撫でられる程度の微風。
窓を開けているらしい。
朝だけが肌寒いのは、この時期の安定事項だな。
「ん……」
おもむろに寝返りを打とうとする俺に、力の入っていないゆるりとした両腕が、
背後から覆い込むように抱きついて来た。
(桐嶋さんだ…
あったかぁ…)
バサッと向こうの布団を剥ぎ去る音がして、また背中との距離が詰められる。
俺がこういうことしたら「朝からベタベタするな」って怒るくせに…
時として良し? 自分からなら良し?
…まぁそんな理不尽さ気まぐれ加減すら、
今では可愛く思えるんだけど。
「おい、起きろよねぼすけ」
耳元でそう囁かれるのを聞いた。
寝起きは普段より声が低く、あまり抑揚がない。
右から左へすーっと流れてってしまいそうな、気だるげな口調だ。
「むり…あと五分…」
頭は覚めてるんだけど、全身の細胞がストライキしてるようでして。
随分長く眠ったみたいに、体も軽く痺れてて。
何より、こんな心地いい環境に居て起きろなんて酷なもんだよ、桐嶋さん。
どこかの鬼上司には前々から、
「なんでサラリーマンのくせに平日の朝が弱いんだ」って馬鹿にされてたけど。
カフェインたっぷりの栄養ドリンク剤に世話になってたことは、お互い同じだったよね。
「俺ら、ほんと朝ダメですよね…」
「お前の居る日は特別よく寝坊するんだよ、わかるか」
それを聞いた後、
あ、俺に責任丸投げしたな。とか思って、でも思うだけで会話は終了して、またすぐに瞼は重くなって…
再び意識を手放さんとしたところで、
布団からズルズルと引きずり出された。
「ほら用意しろ。
だらだらしてる暇ねぇぞ」
「ん…優人くんは…?」
「知らねぇよあんなやつ。
一刻も早く追い出してやりてぇけど、今一刻を争うのは俺らの通勤時間だし……こら早くしろッ」
くどくどと叱られながら、
促されるままに、借りた寝間着を脱ぎ捨て、また新しく上下を借りる。
営業マンの正装はスーツだとか何とかいう方針にのっとって、
この時期も俺達はジャケットにネクタイを締め、暑苦しいスタイルを守り続けている。
果たしてこれに意味はあるのか。
……いや、無い。
「暑いし首元詰まって苦しいし…
もうみんなアロハシャツで通勤しようぜ…」
俺がそんな不平を垂れている間にも、
桐嶋さんは着々と着替えを済ませ、
ウィダーを片手に予定表を確認しちゃったりなんかしてる。
「そんなに嫌なら、厚着で歩き回らねぇ仕事に転職しちまえ。お前に向いた職があればの話だが」
…うわぁ可愛くないの。
完全に会社モードに切り替わってる。
嫌味っぽい口ぶりでそれが判断できるとか、なんて悲しいことだろう。
「ふん、いいですよ。
いつかアロハシャツ革命起こしてやりますから」
「はいはいすごいすごい頑張れ頑張れ」
「くっ…」
ひらひらと手であしらい、玄関へと背中を向ける桐嶋さん。
ほんっと、
切り替わりと温度差の激しい人でいらっしゃる。
俺は唇を噛みしめながら、
この週末覚えとけよ…と心の中で密かに宣戦布告しておいた。
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「……で。
なんでお前まで乗り込んでんだお荷物。」
刻一刻と時は流れる。
俺達はさらに遅刻の道へと追い込まれる。
何となくピリピリする。
特にピリピリした桐嶋さんが、
後部座席の青年に目をかけ、その眉間のシワを深〜くしている。
かわいそうにお荷物呼ばわりされた、
派手な私服に身をまとったこの青年を。
「おい、昨日の馬鹿でかいリュックはどうした。
…そんな格好でどこ行くつもりだ」
「折角都会に出てこれたんだし、ぶらぶらしようかな〜的な? あ、この時間だとコンビニしか開いてないね。
でも大丈夫!会社の前で降ろしてくれたら後は自由にするから!」
さっきまで寝ていたとは思えない、血色の良い顔。はつらつとしたこの表情。
さも当然のように言ってのけて、にっこりと満面の笑みを見せる優人くん。
「ねぇねぇいいでしょ〜
あの会社周辺寄りたい場所多いんだって〜」
いかにも年下らしい甘えた声を出して兄にすがる弟。
お兄さんの方はもう怒る気も失せて明後日の方向を眺めてますが。
「…言っとくが。
今夜はもう、泊めてやる気は無…」
「あ。この車音楽とか入れてる?
俺朝なんか聞かないと調子出ないんだよね…
桜庭くん、なんかかけて」
今度は助手席の俺に話を振られる。
…あったあった、助手席に座った人が謎に課せられるDJ係。
俺音楽の流行りとか疎いからやめて欲しいんだけどな。
「兄さん時間やばくね?
社会人にもなって会社に遅刻は恥ずいって」
「…ッてめぇなぁ!!」
「あの…!
とにかく車、出しましょうよ!
優人くんの言う通り、遅刻はまずいんで」
ハンドルを握りながらわなわな震えている桐嶋さんへ、遠慮がちに声を掛けてみる。
途端、鉄壁すら射通しそうな鋭い視線がことごとく俺を貫く。
特に間違ったことを言ってるわけじゃないし。
まぁ、逆上してるこの人に正論をぶつけるとさらにキレるってのも知ってはいるけど。
「ほら…
明るい弟くんとの楽しい楽しいドライブタイムだと思って!」
「ドライブだぁ!?」
うん今の発言は120%逆効果だった。
だが呆れ返られてむしろ良かったかもしれない。
桐嶋さんはしぶしぶエンジンをかけ、やっと優人くんを乗せたまま車を出す覚悟を決めてくれた。
「……ッ仕方ねぇ…遅刻したら桜庭、全部お前のせいにするからな…
あと!今日の昼飯お前持ちだからな! 覚えてろよ!!」
「なぜ矛先が俺に…!?
なんで俺が悪いみたいになってんですか!?」
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理不尽な部分も可愛さだ、
なんてほざいた十数分前の俺を殴りたい。
遅刻確定まであと十分を切った今、
実にそんな気分である。
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