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#02 視線の先
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「へぇ、そんなに美味しかったんだ。あそこのクレープ」
少し空気が冷たくなり始める放課後。
相変わらず俺は、今日も司書室に来ている。
「はい!俺が食べたのはチョコバナナのやつなんですけど…」
司書教諭の羽生さんと向かい合うように座っている俺は、確か写真撮ったなぁと思い出し携帯を操作する。
すると、その様子を伺うように羽生さんが俺のすぐ横に顔を寄せると画面を覗き込んできた。
お互いの頬が触れそうな距離。
羽生さんが微かに揺れるたびに、仄かに甘い匂いが鼻をつく。
「あっ、あの…!羽生さん…」
無意識に携帯を握る手に力がこもる。
「ん?…あ、ごめん!プライバシー的に失礼だったね」
「あ、いえ!それは全然…」
ぱっと羽生さんの顔が離れる。
なんだか、少しだけ…もったいないような気がした。…けど、多分気のせいだよな。
「ただ、羽生さんってなんだかいい匂いしませんか?」
「俺?いい匂い……あぁ、もしかしてこれかなぁ?」
不意に羽生さんが、近くにあった机の上に置かれた鞄へ手を伸ばす。
そして、その中からひとつの包みを取り出した。
「それって…」
「うーん、実はさっき…豆柴くんが来る少し前に女子生徒が家庭科で作ったからって置いていってくれたんだよ」
パステル調の小さなハートと星が散りばめられたビニールでラッピングされた中には、美味しそうに焼きあがっているマフィンが見えた。
リボンまで丁寧に結んである。
これは誰が見ても…
(羽生さんの為に、焼いたんじゃないかな…)
なんだか、胸が痛くなった。
なんだろうこの感じ…。
「豆柴くん?」
気がつくと、また羽生さんが俺の顔を覗き込むように顔を寄せていた。
思わず、勢いよく後ずさりそうになったけど椅子の背もたれに邪魔されて寄りかかる形になってしまった。
心配そうな表情に、申し訳なくなる。
「そういえば、昨日もぼーっとしてたよね?もしかして、やっぱりどこか悪いの?」
「いや、あの!違くて…っ」
あなたのことを考えてました、なんて言えるわけない。
大体、俺だってどうしてこんなこと考えてるのかわかってない。
どうして、こんなに羽生さんのことばっか考えちゃうんだろ。
昨日から変なのは自覚してるんだけどな…。
「豆柴って可愛いよね」
「へ?!」
突然の言葉にそらしかけていた顔を、羽生さんの方に向ける。
「いや、君に合ってるなって思ってさ。名字」
「そ、そう…かなぁ?」
心臓に悪い。
羽生さんに聞こえてるんじゃないかってくらい、心臓の音がうるさい。
一瞬、呼び捨てで呼ばれたのかと思って緊張してしまった。
イケメンの力ってこわいな…。
「うん、なんか豆柴くんって犬っぽいから」
「え、えぇ〜?初めて言われましたけど」
「そ?」
羽生さんが小さくはにかむ。
優しいんだけど、どこか無邪気さも混ざってて…やっぱり見とれてしまう。
ーだからだ。
俺も、見られていたことに気づかなかった。
視線が交わるまでは。
「ッ、あ…」
「…俺の顔、なにかついてた?」
「え、と……」
視線を外すタイミングを失ってしまった。
どうしよう、すごく心臓の音がうるさい…!
「もしかして、昨日も俺のことみててぼーっとしてた?」
「え?!なんで知って…!!」
「あ、そうなの?」
「ぅあ?!」
これは、もしかして。
カマをかけられたのか?今。
いや、絶対そうだ…間違いない。
「…もしかして、羽生さんって意地悪ですか?」
「え?はは、うん。好きなことかはいじめちゃう典型的なタイプだよ」
(詐欺だ…!)
あんな優しそうな感じなのに、中身は意地悪とか…予想外すぎる。
しかも、それを優しい笑顔のままでやってのけるから本当心臓に悪い。
「…すみません、じっと見られるなんて気分悪いですよね」
「いや、俺も見てたしおあいこだよ」
「え?」
「そもそも、俺も君のことみてなきゃ視線ぶつからなかったでしょ」
「あ、確かに…」
うっかり納得しそうになる。
だけど、よく考えろ俺。
俺も、ってことは…羽生さんも…俺のこと見てて視線が合ったってことなのかな?
それって、なんか…
「……っ俺、今すっっごく…恥ずかしいです!!」
「あははは!だろうねー」
思わず頭を抱えて前かがみになる。
不意に、羽生さんの大きな掌が俺の頭を無造作に撫でた。
「俺もちょっとドキッとしちゃったよ。豆柴くん、何も言わずに熱い視線向けてくるんだもん」
「ヒィ…!あの、ほんと、すみませ…アァアア」
頭を抱えたままうめき声をあげる。
これは、恥ずかしすぎる。
初めて本気で死にたいと思った…。
「それはそうと、どんなクレープ食べたの?写真、撮ってきてくれたんでしょ?」
「あ、はい…!」
ようやく本題を思い出した俺は、体を起こすと再び携帯を操作する。
そうしてすぐに、目的の画像を見つけると羽生さんに画面を向ける。
それを目にすると、「本当だ、すごく美味しそう」って言って羽生さんが微笑むから俺はまたいたたまれなくなって顔をそらしてしまった。
視界の端で、耳をくすぐるような小さく笑う声が聞こえた気がしたけど気のせいということにしておこう。
#02 視線の先 fin
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