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木陰の下の、少年と饅頭
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「ねえ黒鉄さん、赤月さんは…どんな秘書なの、」
「…ん?」
果ての屋敷へ移動途中の合間、町外れの森の中で切り株に二人は腰掛けて休憩している。饅頭にかぶりつく為の大口を閉じた黒鉄は、隣で饅頭を眺めたまま食べようとしないその言葉に首を傾げた。
棗は、夏の日差しを遮る涼しい木陰の下で目を閉じ、聞いた側から後悔してしまう。本当に聞きたい事を伏せて、婉曲な探りを入れてしまう程に、この気持ちを打ち明ける意気地が無い。
「そうだな、秘書としてはあれが一番白楊に合っている。確か赤月の前には別の秘書が何人かいたが…まあ、一日と保たなかったな。」
「保たない…如何して?白楊さんはとても仕事が出来るし、優しいのに。」
黒鉄が苦笑する。棗の知っている現在の白楊は、少し以前の白楊とは違う。強いて言えば、今は覇気がなく生に疲れている。今まで何度か別の魔物で目にした退廃的な、いつ消えてもおかしくはない悪い兆候が見えているとでも言えばいいのか。
「あれは、本来ならもっとキツイ性格だぞ。まあ、見た目の美しさは確かに秀でているが、今は棘が抜けてる。」
「棘…。」
「ああ、白楊の事ではなく聞きたいのは赤月の話だったな。」
「…意地悪だね。」
黒鉄が笑う。見透かされているのは分かったが、はっきり口にしてしまうにはまだきちんと形になっていない。
「魔物は、自分よりも強い存在に対して敬意を払う。白楊は強く、赤月はその強さを特に気に入っている。あの存在全てに心酔していると言っても良い。だから多少の事では音を上げないし、殺されそうな目に遭っても側を離れないんだ。」
「…そんなに、」
それ程迄に深い気持ちがあるなら、とても棗には太刀打ち出来そうもない話だ。
「しかし、あれは猫だ。身持ちについては少々難がある。確か子供も居たと思うが…、子育てとは無縁の奴だしな。」
「えっ、子供!」
「西国と南国には何人だったか…まあ、とにかくそんな感じだな。魔物だと解っていて、それでもその子供を産んで育てる女性もいるんだ。」
しかも複数の女性。棗にはびっくりしてしまう話だ、確かに常も女癖が良いとは言えなかったなと余計な事も思い出した。
「今は…そういや話を聞かないな。まあ、本命があんな状態だしなぁ、遊ぶ余裕はないか。」
「…本命、」
「まあ、付け込むなら今だぞ。白楊は人間嫌いな奴なんだ。お前は他の者に比べれば、最初から優遇されている。」
「優遇とか何だよそれ…付け込むなんて嫌だよ。」
黒鉄はふうと息を吐いた。もうずばり核心をついた話をしているが、棗は気付かずに拗ねている。まだ少年の潔癖さがあり、やはり人の身である、永く生きる魔物とは考え方も違うだろう。
「滅びに向かう魔物を留めるのは難しい事だ。…例えだが、同衾する事で少しでもそれを止める事が出来るならば如何する。それが好きな相手なら、そうしようと思わないか?」
黒鉄は、白楊と赤月の距離が近くなっている事にずっと気付いていた。白楊は一度許した事には寛容だ。もしも体を許した相手が願うならば、暫しこの世に留まる事を受け入れるだろう。
「それ、白楊さんと赤月さんの事を言っているの?二人は、」
「弱みがある時に付け込まなければ、中々落ちない相手だ。オレならそうすると思ったまでの話、あくまで例えと言ったろ。」
棗は泣きたい気持ちを辛うじて飲み込む。例えと言うが、それはきっと事実だろう。子供は対象外だとはっきり言われている、白楊や赤月と渡り合うには、まだ棗には理解出来ない駆け引きが必要なのだ。
「僕には難しいよ、」
「すまん、余計な事を言ったようだ。お前はそのまま成長すればいい、棗には棗の良さがある。」
奇しくもそんな言葉を、南国の海辺で聞いた。その声は大きくも無いのに波の音に混ざらず、澄んで耳に届く美しい調べだった。思えば、あの時には既に心を奪われていたのだろう。
「ほら、饅頭を食ったら出発するぞ、」
大きな手が頭を撫でる。それに慰められて、棗もようやく饅頭にかぶりついた。
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