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秀才と、努力家
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三年生へ進級して約一年。棗は、西国の屋敷で白楊の厄介になっている事が息苦しく感じられ始めた。
特に、赤月と白楊の二人が揃っているのを見ると憂鬱さに支配され、その些細なやり取りすらも気になってしまう。かといって、白楊の姿が頻繁に見れる訳でもない。早朝の散歩をすれば、いつかの様に木陰の下で会う事もあるのかもしれないが、しかしそれもまた胸が痛む行為だった。
「はぁ…、駄目だ勉強しよう。もう直ぐ進級試験があるし、飛び級で五年生にならないと!」
そうすれば一年後には働きに出て、一人暮らしも可能になるだろう。常が持たせてくれた貯金にはなるべく手を付けず、少しの額を交遊費に充てているだけだ。
気合いを入れて試験に臨んだ甲斐があり、棗はまた飛び級で念願の五年生に進む事が決まった。そんな彼の元に、とんでもない秀才が現れたと友人から噂が入った。
なんでもその生徒は、入試で満点を取った為に、どの学年に進ませるかと頭を悩ませた学校側が特別な進級テストをしたところ、また満点だったというのだ。
「でさ、いきなり最終学年の五年生に進級するって!」
「へえ、凄い人がいるもんだね。」
「いや、お前も凄いって。飛び級で次は五年生だろ。俺には真似出来ない話さ。」
同じ三年生の友人が軽く肩を叩く。彼は四年生に進むので、棗とはもう同じクラスになる事はない。
「そんな事はないけど、」
「最終学年は成績順のクラス別けだって聞いたから、秀才と同じクラスになるんじゃないか、」
そう言って笑う友人の言葉は現実となった。
「あーまた、一位はリンドウか。」
「そして二位はナツメ、毎回同じで見飽きたよ。」
十日に一度のテストの結果が渡り廊下に貼り出され、人集りの隅からそんな言葉を聞いた棗は、自分よりも歳上の者が多いその場から離れた。
教室への廊下を進む途中で、例のリンドウに出くわして仕方なく足を止める。彼が壁にもたれていた背を離して、棗の前に立ったからだ。
「ねえ、ナツメってあの高台にある大きな屋敷に住んでいるって本当?」
「うん。」
「へえー、どうやって通ってんの。」
「乗り合い馬車。」
「ええ?専用の馬車とかじゃないんだ。金持ちなんだろ。」
リンドウは今年十三歳の少年。鳴り物入りの入学に恥ない実力があるが、まだ子供で大学生の中では最年少だった。棗は十八歳、さすがに五歳下の相手のずけずけとした物言いにも怒る気はない。
「僕は金持ちじゃないよ。あそこには住まわせて貰っている身だから、なるべく迷惑を掛けたくないんだ。」
「ふうん、」
リンドウは首を傾げ、灰色がかった紫の瞳を細めた。色白の肌、棗よりも赤みの強い髪は案外柔らかく顔を縁取る。
「ねえ、今日の放課後に遊びに行っても良い?学校に歳が近い人が居なくて、毎日つまんないんだ。」
「…ごめん、あの屋敷へは人を呼べないんだ。でも、別の場所になら付き合うよ。」
「やった!行きたい露店があるんだ。」
棗は、制服である深緑のネクタイを締めた白いシャツの上に焦げ茶のブレザーを重ねた長ズボン姿だが、リンドウは少年らしく焦げ茶の半ズボンを合わせていた。
「本当は、ナツメとはずっと話してみたかったんだ。同じクラスになって二ヶ月になるのに、他の人とは違って全然話し掛けてくれないからこっちから話し掛ける事にしたんだ。」
笑顔で隣に並ぶ、その屈託のない無邪気な様子は秀才である事を忘れさせる。唯の一人の少年だった。
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