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きみの奏でる
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「くっそー!めんどくせえなー!」
俺は丈治。小学五年生。サッカーやっててちょっと元気が有り余ってるふつーの男だ。今日、放課後の掃除の時間にちょっとさぼってボール蹴って遊んでたら、先生に見つかって怒られちゃって1人で校舎裏の花壇の草むしりをいいつけられちゃった。
運が悪いったらありゃしない。
友達はみんな先に帰っちゃったし、雑草は多いしですっげえだるい。先生、終わったら見にくるって言ってたからさぼるわけにもいかないし。
「あ~あ。…ん?」
だるいなーって思いながら草をぶちぶち抜いてたら、後ろの音楽室から声が聞こえてきた。小さいけど、すごくすごく綺麗な歌声。思わず、耳を澄まして聞いてしまった。
なんて綺麗な歌声なんだろう。
俺はドキドキしながら音楽室の窓まで行って、どんな女の子か見たくなって覗こうとしたらカーテンが掛かって中が見えなかった。そんで、窓を開けようとしたら鍵がかかってた。
「…っ!?」
「あっ、待って!お願い、行かないで!」
ガタガタと揺れる窓に驚いて息をのむ声が聞こえて、バタバタと駆け出す音が聞こえたから慌てて外から大声で呼び止めた。すると、中の子は俺の願いをきいてくれたのか駆け出す音がぴたりとやんだ。
「…だ、れ?」
恐る恐る問いかけてくるその声はとてもとてもキレイだった。俺はもっとその子と話したくなって、窓の外から必死に話しかけた。
「俺、五年二組の岸本。岸本丈治。」
「きしもとくん…そ、そんなところで何してるの?」
「じょうじでいいよ。俺さ、掃除の時間にサッカーして遊んでたら先生に怒られちゃってさ。1人で罰としてここの花壇の草むしりしろーっていいつけられちゃったんだー。」
俺の話に、中の子がくすくす笑うのが聞こえてドキドキした。
「きみは?なんて言うの?何してたの?」
「…中条かおる。六年だよ。えと、歌の練習を…」
六年生。年上かあ。
「中条さんは、歌が好きなんだね」
「かおるでいいよ。えと、好き…なんだけど…」
かおるは話の最後の方、何だかすごくしゅんとした声になった。どうしたんだろう。何かいけないこと聞いちゃったのかな。
「ごめん、悪いこと言った?」
「ち、ちがう!じょうじくんは何も悪くなんかないよ!」
俺が謝ると、かおるは必死になって否定した。よかった、俺、かおるにいやなことしちゃったのかと思っちゃったよ。
「…かおるが歌うと、クラスの子がいつも下手くそってバカにするから。だから、練習してたの…」
顔は見えないけど、その声でかおるがすごくしゅんとしてるのがわかった。誰だ、そんなこと言う奴らは!俺が同じクラスならぶん殴ってやんのに!
「かおるは、下手くそなんかじゃないよ!」
「え?」
「俺、今さっき外で聞いてすごくドキドキしたもん!なんてキレイな声なんだろーって!きっとあれだよ、そいつら、かおるがあんまりキレイな声で歌うから嫉妬してそんなこと言うんだ!」
クラスにもいるもんな、好きな奴をわざといじめてる奴。きっとそうだ。かおるをいじめて自分の方に向いてもらおうとしてんだ。
「…ほんと?」
「ほんとだって!俺、かおるの歌声大好き!」
「…ありがとう」
お礼を言われた瞬間、ぶわって体全体をなんかぞわぞわするもんが通り抜けた気がした。
うわ、すごい。かおるの声って、魔法みたいだ。
「…明日も、練習する?かおる」
もっと、もっとかおるの声を聞きたい。聞いていたい。
さっきチャイムが鳴ったから、最後の下校を促す放送がもう流れると思う。そしたら先生がきちゃうから、これでかおるとはお別れになっちゃう。そんなのイヤだ。
「う、うん。また、来る…」
「俺も、来ていい?また、練習聞いていい?」
断られたらどうしようって、すごくドキドキしたけど俺がお願いするとかおるはいいよって言ってくれた。途端に心臓がどくんって大きく鳴って、うわーって叫びたくなるくらい嬉しくなった。
「じゃあ、また明日!同じ時間にね!」
「うん、じょうじくん、また明日。」
かおるがぱたぱたと音楽室から出て行った音がしたのと同時に俺はよっしゃあってガッツポーズをしてその場にしゃがみ込んだ。話すのに必死になっちゃって、カーテンを開けてもらうの忘れちゃったな。
そこに先生がやってきて、俺を見て『なにしてんだ』って不思議そうな顔してた。
それから、俺は放課後毎日音楽室の裏に行った。かおるも毎日来てくれて、歌を聴かせてくれた。カーテンと窓がいつも閉まってて、『顔がみたいなあ』って言うと『見られてると恥ずかしい』って言うから我慢してる。何回か六年生の教室までかおるを探しに行ってみたけど、緊張しすぎて『かおるはどこですか』って聞いて回れなかった。
俺とかおるの、お互い顔も知らない奇妙な関係が続いた1ヶ月くらいのころ。いつものように歌を歌い始めたかおるが、途中で歌を止めてしまった。
「どうしたの?」
「うん…、あのね。今度、合唱コンクールがあるでしょ?」
俺たちの学校には、各学年ごとに競い合う合唱コンクールっていうのがある。各学年の各クラスが、それぞれ合唱してどのクラスが一番合唱が上手かったかを競うんだ。
「それで、六年生の課題曲の一番最初、1人で歌う所から始まるんだけど…」
「すごい!かおるが歌うんだ!」
うん、と返事をするのが聞こえて俺は自分の事みたいに嬉しくなった。だってそれって、かおるの歌がみんなに認められたってことだろ?
でも、返事をしたあとかおるはずっと黙り込んでしまってどうしたのかなって思ったら、中から微かに鼻をすする音が聞こえてかおるが泣いてるのがわかった。
「ど、どうしたの?」
「…自信、ない。だって皆、笑いながら、『かおるにしよう』って…。きっと、かおるが失敗すると思ってるんだよ。後で言われたもん、『ちゃんと笑ってやるからな』って」
俺はそれを聞いて、もう腹が立って腹が立って仕方がなかった。なんだよ、そいつら!かおるを笑い者にして何が楽しいんだ!
「大丈夫!俺が、助けてやる!」
「えっ?」
「かおるが失敗しそうになったら、俺が舞台に向かって言うよ!『かおる、がんばれ』って!」
合唱コンクールは全学年が体育館に集まって開催される。六年生が歌う時俺ら五年は座って歌を聞いてる。
「だから、心配すんな!かおるが失敗しても、俺は笑わない!舞台に向かって、フレー、フレーって応援団してやるよ!」
俺がそういうと、かおるはくすくすと笑い出した。
「…そんなことすると、じょうじが笑われちゃうよ。そんで、先生に怒られちゃうかもよ…でも、ありがとう」
かおるのお礼の言葉に、俺は心臓がもう破裂しそうにばくばくした。かおると別れて、そういえば合唱コンクールで、初めてかおるの顔を見れるんだなあってその日がものすごく楽しみだった。
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