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それから、合唱コンクールの前日。いつものようにかおるが来るのを裏で待っていたら、音楽室のカーテンがゆらゆらと揺れているのに気がついた。窓にうんと近づいて見てみると、ほんの少し隙間が空いててそこから中に風が吹き込んでいたらしい。
…窓が、開いてるんだ。
多分、最後の授業で誰かが窓を開けてきちんと閉めるのを忘れてたんだな。かおると会うようになってからそんなことは初めてだ。
…チャンス、かもしれない。俺はまだかおるの顔を見たことがない。まだかおるが来ていない今に、カーテンを開けてしまっていたら。かおるの顔、見れるんじゃないか。
応援団するには、顔がわかんないとできないし。いや、でもかおるは恥ずかしがり屋だから顔を知られてしまうと歌えなくなるかもしれない。
かおるの顔が見たい、でも嫌がられたらどうしよう、と二つの気持ちでもやもやしながら外から窓を開けて、カーテンを掴んで開けたり閉めたりしていたらがらりと音楽室の扉が開いた。
「…!」
「あ」
ちょうどその時、俺はカーテンを開いた瞬間で。扉を開けて入ってきた子とばっちりと目があってしまったのだ。
「男…?」
俺を見て目を見開いて驚くその子は、どこからどう見ても男の子だった。
でも、違うかもしれない。たまたま、かおるより前に用事があってここに来たのかも。
だけど、次にその子が発した言葉に俺は愕然としてしまった。
「も、もしかしてじょうじ?やだな、なんでカーテン開けたのさ。恥ずかしい」
顔を赤くしてもじもじとするその子の口から発せられるきれいな声は、間違いなくかおるのものだった。
「う、うそつき!」
「え…、じょうじ?」
女の子だと信じていた俺はずっと想っていたかおるが男の子だとわかって動揺してしまった。
「な、なんだよ!男じゃん!俺、俺、かおるは女だとばっかり…」
「え…」
俺の言葉に、かおるがびっくりしたような顔をしてる。ちょっと悲しそうなその顔に、やめなきゃ、やめなきゃって思うのに俺の口は止まらなくって。
「お、男のくせにそんな声だなんて、気持ち悪い!」
「…!」
とうとう、俺は言っちゃいけないことを言ってしまった。かおるの顔が、くしゃりと泣きそうにゆがんで初めて『しまった』、って思ってはっとしたけど俺は自分のせいで傷ついたかおるを見られなくなって走って逃げてしまった。
教室に戻って鞄をひっつかんで、必死に走って家まで帰った。その途中も、帰ってからも、頭に浮かぶのはさっきの泣きそうになってるかおるの顔。
あんなこと、言うつもりなかったのに。俺、勝手にかおるを女の子だって思いこんでた。顔の見えないかおるに、あの優しいきれいな声にドキドキしてた。それが、男の子だってわかってショックだったんだ。
でも、だからってあんなこと言っていいわけじゃない。かおるは言ってたじゃないか。いつもクラスの奴らにバカにされるって。それがいやで、頑張って練習してるって。
ごめん、ごめん。かおる。
俺は顔を枕に埋めてただただかおるに謝り続けた。
次の日、俺は重い気持ちのまま体育館へ向かっていた。今日は合唱コンクール当日だ。一日かけて全学年がやるから、嫌でもかおるの顔を見ることになる。すごく憂鬱だったけど、休んでいたりしたらどうしようってびくびくしてた。
コンクールは一年生から始まって、六年生が一番最後だ。俺は自分の番の時、怖くて座っている生徒たちの方を見れなかった。五年生が終わって、いよいよ次は六年生だ。かおるが何組なのか知らないから、六年生が舞台に上がるたびに緊張して心臓が口からでるんじゃないかって思った。
一組、違う。…二組、違う。
三組が終わって、四組が舞台に上がったときに見つけてしまった。かおるだ。一番前の、真ん中にいる。かおるは舞台に上がってからもずっとずっと俯いていた。その様子に、俺の心臓がずきりと痛む。
休まなかったんだ。ほっとした。でも、かおるは優しいから、自分が休んだら皆に迷惑がかかると思って無理して出てきたんだろうな。
泣きそうな気持ちで6年4組の皆が礼をするのを見る。ピアノの前奏が始まって、すう、とかおるが息を吸った。
「…?」
だけど、かおるの口からはなんの声も出なかった。ざわざわと、かおるのクラスメートがかおるの方を見る。先生もびっくりして一旦ピアノを止めた。
先生がかおるに駆け寄って何か話して、かおるが小さく頷いて。またピアノの前奏が始まってかおるが口を開ける。でも、やっぱりなんの声も出なかった。
体育館中がざわざわとしだして、舞台の上のクラスメートたちが口々にかおるに小さな声で文句を言い出して。
泣きそうなかおるの顔を見て、俺は思い切り自分の座っているいすの上に飛び乗った。
「かおる、がんばれ!」
急に大声でかおるに向かって叫んだ俺を、体育館中の人間が見る。
かまうもんか。恥ずかしくなんかない。かおるは、きっと俺が昨日あんなことを言ったせいで歌えなくなっちゃったんだ。
ごめんな、かおる。気持ち悪いなんて嘘だよ。約束したよね。君がくじけそうになったら、俺が応援するからって。
あんなに、あんなに一生懸命練習したじゃないか。かおるは、世界一きれいな声なんだから。だからお願い、歌って。あの声を、もう一度聞かせて。
「フレー、フレー、かおる!頑張れ頑張れ、かおる!」
いすの上で両手を振りながら、精一杯の声で応援する。先生が慌てて走ってきて、げんこつをくらって無理矢理座らされた。体育館中の皆が笑う中、俺はちらりとかおるを見る。
かおるも、笑ってた。
先生がかおるに話しかけて、かおるが頷いて。再びピアノの演奏がはじまって。
今度こそ、かおるは歌い出した。
かおる。やっぱり君の声はきれいだよ。男の子だけど、そんなの関係ない。俺は君の声を聞くとどきどきする。ぽわーって胸が温かくなって、いつまでもいつまでも聞いていたくなるんだ。
かおるの声は、俺を幸せにしてくれるんだ。
舞台の上で歌うかおるは、ものすごくきれいだった。
放課後、コンクールの最中に大声を出した罰で俺はまた花壇の掃除を言いつけられた。1人で黙々と、ぶちぶちと草を引き抜いていく。
しばらくすると、どこからか歌声が聞こえてきた。手を止めて振り向くとそこには、音楽室じゃなく俺のいる校舎裏入り口でこちらに向かって歌うかおるがいた。
ぽかんと口を開けたまま立ち上がってかおるの方を見ると、かおるは歌をやめて俺に向かって歩いてきた。
目の前まで来たかおるが、にこりと微笑む。俺はなんだか気まずくてそわそわと視線をさまよわせた。
「…優勝、おめでとう。」
「ありがとう」
俺が言うと、微笑んでお礼を言う。お礼なんて、言われる資格なんてないのに。かおるが始めに歌えなくなっちゃったのは、きっと俺のせいだから。
「かおるの歌、どうだった?」
「…すごかったよ。やっぱり、かおるの歌声、すごくきれいだった。」
俺がそういうと、かおるはすごく嬉しそうに笑った。
「…応援、ありがとう。じょうじのおかげだよ。じょうじが、約束通りかおるを応援してくれたから、勇気がでた。」
お礼を言うかおるに慌てて首を振る。
「か、かおるがお礼言うことない!だって、だって俺…。
その…、昨日は、あんなこと言ってごめんね。傷つけるつもり、なかったんだ。女の子とばっかり思い込んでたから、びっくりしちゃって。謝っても許してもらえないかも知んないけど…」
「じょうじ」
謝る俺の手を、かおるがそっと握りしめる。初めて触れるかおるは、すごく柔らかくて温かかった。
「いいんだ。確かにすごく悲しかったけど、それでもじょうじはちゃんと約束、守ってくれた。恥ずかしいのに、あんなに大きな声でかおるを応援してくれた。だから、いいんだ。ありがとう。…女の子じゃなくて、ごめんね。それだけ、どうしても言いたかったんだ。」
にこりと微笑んでそっと手を離そうとするかおるの手を、逆にぎゅっと握りしめる。
かおるは、きっともうここにはこない。だって、コンクールは終わってしまったから。今手を離してしまうと、俺はもうかおるとの接点がなくなってしまう気がした。
そんなの、いやだ。
「じょうじ…?」
「…かおる、ごめんね。俺、ほんとにすごく悪いことしたって思ってたんだ。かおるがきれいな声なのは変わりないのに。ね、かおる。俺、コンクールが終わってもかおるとずっと会いたい。かおると、もっと仲良くなりたい。声を、聞きたい。だめ?」
手を握りしめて、一生懸命かおるにお願いする。かおるは、ちょっと泣きそうな顔をして俺をじっと見ていた。
かおるはなんて言うかな。あんなこと言った俺とは、もう話したくないかな。
「…かおる、男の子だよ…?」
「関係ない。かおるだもん。かおるがいい。」
俺の言葉に、かおりは涙を浮かべながら泣きそうな顔を笑顔に変えた。
「かおるも、じょうじがいい。」
君に呼ばれる度、俺の心はまるで楽器のように音をたてる。それは幸せな音楽。
だからかおる。その声で、いつも俺に幸せを奏でて。
end
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