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……イ。ケイ…パ……イ…
なんだ? 声がする。
「ケイ先輩」
ケイ? ケイって……誰?
俺は蘭(アララギ)白夜(ハクヤ)だし……
「京(ケイ)先輩ってばっ!」
違う、京は俺だ!
机に臥していた顔を勢い良く上げた。
周囲を見渡して目の前にある顔、いる場所を理解すると一気に頭が働きだした。
ここは大学のゲーム研究会の部室。
俺は『加藤(カトウ) 京(ケイ)』という名前で三年生。
俺の名を呼んで起こしたのは八代(ヤツシロ) 秋(シュウ)。俺の叔父貴が妙に可愛がっている高校からの後輩で大学新入生。
「しーちゃん。そろそろ離れようか」
「まーくん」
顔は笑っているのに不思議と明るさを感じないのは何故だろうな、志岐(シキ)。毎度ながら有無言わさず俺から八代を遠ざけるのは寂しく感じるのでやめて欲しい。
「わり、うたた寝してた」
臥してた机にはノートパソコン。画面は真っ暗だが、寝る直前まで『背徳の皆既日食』をプレイしてたはず。
「うわ、それやったんですか」
空のパッケージを見て八代が苦虫を噛み潰したような顔をした。彼は先月、十八の誕生祝いに姉からこのゲームをプレゼントされてプレイして、撃沈していたっけ。
「改訂版を作ったらしいんだよ。どこが違うのか言ってみろって彩夏(アヤカ)が」
彩夏、というのは八代の姉で俺と同学年の女だ。舞(マイ)という彼女の親友と共同で同人活動をしている。二人ともNL、GL、BL何でも来い! なオタクだ。「私立誠藍学園シリーズ」は彩夏と舞の同人サークルの作品で、叔父貴繋がりで知り合った二人は「イベント搬入には男手が必要よね」と俺を巻き込もうとした。美女の彩夏と可愛い舞と一緒にいるのは何かと面倒なことが多い(特に男絡みで)し、二人と並ぶには自分があまりに不釣り合いで。嫌だと拒否を示したのだが叔父貴に
『京。彩夏さんに逆らってはいけないよ』
と朗らかに命令された。その時点で、幼少から叔父貴には逆らえない俺に拒否権はなくなったんだよな。
今ではゲーム研究会のメンバーである彩夏、舞、俺で『私立誠藍学園シリーズ』を制作しているのだと思われている。
俺はイベント当日の荷物運びの手伝いしているだけなのにっ! イベント中、二人が買い物三昧の時間にサークルで店番しているだけなのに!
元々ゲーム研究会は家庭用ゲーム機器のソフトについて熱く語るマニア向けのサークルだったのだが、彩夏に乗っ取られて今に至る。現在、ゲーム研究会所属は全員で十五名だが、メインメンバーは部長の俺、彩夏、舞、彩夏の弟の秋、秋の幼馴染の志岐、舞の妹の唯の六人だ。
まあ、部長と言っても実権は彩夏が握っているので、俺の場合は名ばかりだが。
その彩夏の弟の秋は、可愛いとも格好いいとも中性的とも言えないけれどとにかく美少年だ。しかし不遇な小中時代を過ごしたようで、人間不信な上に会話慣れしていない。全く持って悪魔のような彩夏の弟とは思えない少年だ。
そんな彼とは互いの趣味がゲームで、しかもソフトの好みが合うので話が弾むのだが、その度に幼馴染みの『まーくん』こと志岐(シキ) 万純(マスミ)が横やりをいれてくる。
あー、これはもしかして……
と思う。まあ、二人並んでも美的に問題ないので俺的にはOKだ。
――― いかん。これはかなり彩夏に毒されているな。
ちなみに志岐万純という男もなかなかの美男子でメガネクールイケメンだ。加えて言うならシリーズ第一弾の攻略対象と同じ名前。
「名前考えるの面倒だったのか」
シリーズのシナリオ担当だった彩夏に聞いてみたら、
「ヒ・ミ・ツ」
綺麗な唇に人差し指を添えて含み笑いで答えてきやがった。どうせ図星だったんだろう。
それにしても何で俺はあんな夢を見たんだろうか。名前も姿も全く違う『蘭 白夜』の役で……
「参考までに京先輩。そのゲームやってて、なんか異変はありませんでしたか」
「異変?」
「はい。その……夢見が悪いっていうか…」
八代の言葉を選びながらの質問に首を傾げる。
異変?
異変、なのか? あの夢を見たことは。
朱音(シオン)のことを思うと胸が痛んだり、妙に生々しく彼とのセックスを覚えてたりしていることは。
「八代。実は……」
「じゃーん! 彩夏さまの登場よっ!」
俺の返事は華々しく現れた人物によって遮られた。華やかな女の後ろには彼女の親友の姿もあった。それから、その親友の妹、唯ちゃんも。
まあ、全員ゲーム研究会のメンバーだから、揃ってもおかしくはない。おかしいのは ―――
「ああ、ここだ」
彩夏たちの後ろにいる美丈夫だ。俺の知っている男。忘れたくても忘れられない男。
「…ぁ…」
一瞬だけ再会を喜び、直ぐに全身が冷えた。
俺は『加藤 京』だ。『蘭 白夜』ではない。画面の中のような美しい男ではないのだ。
八代も志岐も彩夏も舞も唯もみんな美形だ。その中で一人浮いている俺。
貧弱な体形で、そばかすだらけの平凡な顔をアイツには見せたくない!
慌てて俯いた。
それにしても、何で彼がここにいるんだ?
「シオン、入っていいわよ」
「ありがとう」
彩夏の質問に満足そうな声で返事をする男。
――― シオン。
『シオン』って言う名前なんだ。
彼は姿も、声も、名前も何も変わってないんだ。
「うん。いつ見ても美味そうだ」
美味そう?
夢魔の彼が目を惹くとしたら、生殖行為は必須だ。ならば「彼」のいう美味そうな相手は彩夏か、舞か唯のことだろうか。
シオンは恋も愛も口にしない。そんなことはわかっているじゃないか。なのにシオンが女を狙っている、それだけのことで何故胸がきりきり痛むんだ?
俺は朱音を愛したまま死んだ『蘭 白夜』じゃないのに。
あの夢さえ見てなければ知らなかった感情だ。どうして俺はあんな夢を見ちまったんだ? どうして彼の声を聴くだけで心臓が爆発しそうになるんだ。
「わかってるわね、シオン。彼が受け入れないときは……」
「ああ。無理強いはしない」
彼? 彩夏は彼と言ったのか?
もしも。朱音があれだけ抱いた『白夜』の体を気に入ったのなら、ゲームと同じようにクールさとメロメロさのギャップのある人物が好みなのなら、志岐が妥当なところか。
いや、八代も本人は気づいていないが男女問わず人気はある。彩夏や志岐や愉快な仲間たちが感づかないようにしているけど。
「おい、ハクヤ」
白夜、か。
この中で容姿が一番近いのは志岐だな。『朱音』はクール系が好みなのか、雰囲気の似ている志岐を白夜と思ったのか。
どちらにせよ俺には関係ない ―――
「おい、呼んでるだろ」
「…え?」
大きな手でグイと腕を掴まれ、否応なく立たされた。
――― 俺?
端正な顔を瞬きもせず見つめる。
どうして、俺?
「なんで返事しないんだよ。お前、ハクヤだろ?」
シオンに名指しされて驚く。けれど、素直にそうですなんて言えるわけがない。
俺は『蘭 白夜』の顔でも容姿でも声でもない。シオンと並んで歩いてもいいような男じゃない。
「人違いじゃないですか。俺は加藤京です。ハクヤって名前じゃ……」
「ケイ、ね」
ニヤリと笑んで、俺の首筋を舐める。
人に首を舐められるなんて行為は初めてなのに、知っている感触。舌の熱さ。
「…ぁ……」
思わず漏れた声に恥ずかしくなる。全身が熱くなってるから、きっと耳まで赤くなっているのだと思う。
ここにはみんながいるのにっ! ほら、俺達をガン見してるじゃないか! 八代と唯ちゃんは驚いて、志岐は冷めた目で、彩夏と舞は涎を溢さんばかりに見てるじゃないか!
俺はシオンの顔を手で押し離す。
「や、めろって! 人違いだっ」
「お前で間違いない。匂いも、味もハクヤと同じだ」
「違う!」
泣きそうになる。
確かに『あの時』俺は自分の匂いと味を朱音に刻みこんだが、それは最後だと思ったからだ。
朱音とのセックスは二度とないと信じていたからだ。
「無理強いはしないんじゃなかったの?」
彩夏が意地の悪そうな笑みを浮かべて口を挟んだ。
「そういう約束だったから、私あなたを連れて来たんだけど?」
「こいつは俺のことが好きだよ。見てわかるだろ」
「わかんないわよ」
「お前にはわからなくても、俺にはわかるんだよ」
「あんただけわかってても仕様がないでしょ」
彩夏とシオンの一触即発しそうな空気に、俺を含め周囲も思わず咽を鳴らして唾を飲み込んでいた。
暫しの後。
「わかった。認めさせればいいんだろう」
シオンは言うなり固まっていた俺に近づき顎を捉え……
「え、あ…ん…っ」
キスをした。それも舌を絡めての濃厚な。
唾液が混じり、彼の『味』を感じると一気に身体が燃えるように熱くなった。
覚えてる。身体は初めてでも、心が、魂が彼を覚えている。
朱音だ。彼は俺が愛した男だ。
「……ぁふ…っ」
下唇を食まれ、ちゅ、という音を立てて彼の唇が離れた。
「これで俺を好きだと認めるか?」
甘く、優しく問われる。まるで、毎晩寝ている俺に『呪文』をかけていた時のような声音。
残念だけど、俺にその呪文は効かない。
それでも俺は出会ったばかりのシオンに惹かれてる。魂レベルで愛している。
でも。
俺は首を振って彼の言葉を否定した。
「お前なんか好き、じゃない。……愛されないのわかってるのに」
気持ちが高ぶり、口が上手く動かなくてとぎれとぎれになる。それでも言いたい。
「お、れは愛されたいっ! だからお前なんか、好きになんて、な、らない」
ぽろぽろと涙が零れる。
泣きたくても泣けなかった切なさ。愛しているのに決して口にはできなかった辛さ。それが俺の中を駆け巡っている。
一方通行の愛なんて二度としない。あんな苦しい思いなんて、もうごめんだ。今度こそ、俺を愛してくれる誰かと幸せになりたい。幸せになるんだ。
そう俺の『中』で叫ぶ声。これはきっと白夜の思いだ。
室内に俺の鼻をすする音が響く。みんな俺たちを見ていた。誰もがどうしていいのかわからない顔だ。
俺の醜い修羅場に巻き込んじゃったな。
「ごめ、ん。俺、今日は帰る……」
俺は震える手でパソコンを片付け、部室を出ようとバッグを肩にかけた。
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