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忘却
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精神科の一般病棟。
『雪那 真白様』
そう書かれたプレートが掛けられた病室の前で俺は足を止めた。
雪那真白……これが、アイツの本名なのか。
逸る気持ちを抑え、なるべく静かに病室のドアを開けた。
音に敏感な真白のことだから、ドアの音にも怯えてしまうだろうし。
ドアを開けた先には、ベッドがあった。その上に座っている、見覚えのある姿。
だが、どことなく違和感を感じる。
足音に、あんなに敏感だった真白が傍に寄っても何の反応も示さない。
「ずっとあんな感じなの。何を言っても反応してくれないし。……でも、触られることは余程嫌なのね。包帯を替えようとしたら引っ掻かれたわ」
ベッドの横に立っていた白衣の女性は、ほらと手を上げる。その手の甲には、まだ新しい引っ掻き傷が残されていた。
手を払っただけであんなに取り乱していた真白が、人を引っ掻くなんて……。
「申し遅れたわね。私、四条静香。ここの精神科医で、雪那くんの担当医よ」
よろしく、と差し出された手を握り俺も自分の名を名乗る。
だが裕人から聞いていたらしく、「知ってるわ」と返されてしまった。
「貴方が来るってヒロが言っていたから待っていたのよ。少し試したいことがあるの」
「試したいこと?」
「そう。雪那くんに話しかけてあげて」
え、話しかけ……る?
何を言われるのかと思い構えていたのに、肩透かしを食らった気分だ。
そんなの、言われなくたって話しかける。
「私達じゃ何も反応してくれないけど、貴方ならもしかしたらと思って」
さぁ早く、と急かされ真白のベッドへと歩み寄る。
真白は目の前の壁を見詰めたまま、微動だにしない。目の焦点が合っておらず、まるで人形のようだった。
「真白」
ピクリと、ほんの少し肩が跳ねた。
注視していなければ気がつけないほど僅かではあるが、真白は俺の声に反応した。
もう一度名前を呼ぶと、ゆるゆると俺へ視線を向けてくる。
焦点の合っていなかった瞳が、今度はしっかりと俺を見る。
「……おにい、さん」
少し掠れ気味の声が俺を呼んだ。
良かった、ちゃんと反応してくれた。
しかし、次に発せられたことで俺は裕人の言った言葉の意味を痛いほど知ることになる。
「――お兄さん、誰?」
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