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俺のダメなとこ、君のダメなとこ
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右手が湿るんですけど、あの。あの、右手が、湿るんですけど。待って、映画に集中できないっていうか、あの、右手、が、ワカメに握られてる右手が、…死にそう。
基本的には前を向いて映画を見ている。内容はぶっちゃけあんまりよくわかんねぇ。すげーピンクの髪のツインテールの女の子が、腰に手を当てて頬をぷっくり膨らませて『もう!キミなんて知らないんだから!』とかいうセリフを言っていて、主人公の男の子は『そ、そんなぁ?』とかいって肩を落としている。そんなワケのわからないシーン、あー、そういえばこれ。もともとはアレか。恋愛シミュレーションゲームか。ちら、とワカメの横顔を盗み見ると、ワカメは俺の手を握ってる方と反対の手で目頭を抑えて下を向いていた。は?具合でも悪いの?って心配した俺がバカだったよ。
「おい、ワカメ。どーした。」
「……っ、モモちゃんが可愛すぎて辛い、泣けてきた」
訳がわかりませんけど。
いやー、…オタクってすげーよなぁ。俺はワカメの言い放った言葉を無視してもう一度スクリーンに目を向けた。次は黄色い髪の女の子、あっ、俺この子がビジュアル的には一番好きかも。なんだっけ名前、ユズちゃんだっけ。性格も元気で明るくて俺好み。…うん、まぁ、これに心身ともに捧ぐっていう気持ちはいまいちよくわかんねーけど、面白いっちゃ面白いんじゃねーの。色んなタイプの女の子が出てきて、よく出来てんなぁと思う。…………とか、冷静に分析しながらずっと考えてることは。ワカメ様の手の平の体温。なぁ、俺…手汗すげーかも。だってまず柄になく緊張してんだけど。お前のせいなんだけど。そんなお前は画面の向こう側の嫁とやらに取り憑かれたかのように涙を流してるからほんとこの世の中よくわかんない。
映画が終わって、ぱ、と。どちらともなく手が離れた。映画の内容は半分以上入ってこなかったし、最終的に何?誰オチなの?って感じだったけど。これがワカメが貢ぎこんでは没頭している『フルーツ☆ラブ』ってやつか。ふぅん、色んな世界があるんだなぁ。って感じ。別に偏見とかはない。ワカメはこんなのが好きか、へー。…へーー。
七番シアターを出ると、エスカレーター。それを二人で無言で登って、グッズ販売のコーナーの前を通る。ワカメのことだからなんか買うんだろうなーと思っていると、ワカメは特に立ち止まりもせずにスタスタと出口に向かおうとしてる。咄嗟にワカメの腕を掴むと、眉間にシワをよせたワカメが振り向いた。
「おいおいおい、いいのかよなんも買わなくて」
「あ?……あー、今度でいい」
「今度?!ここまでくんのめんどくせーだろ、買ってこいよ」
「お前、なんなの?!なんかすげぇキモいんだけど」
「あ?!なんで悪口?!」
「フツー嫌だろ!嫌じゃねぇの?俺があの長蛇の列に並んでモモちゃんのグッズを買い占めてるとこなんて!」
「はぁ?!今更じゃね?!そんなの気にしてたんならテメーのほうが百億倍キモいんだけど!」
ワカメの腕を引いてグッズ販売の列に連れて行くと、ワカメは頭をがしがしと掻き毟りながら「俺、かっこわりーな」とつぶやいた。
お前、…お前は。アホか。
お前がカッコ悪いことなんて重々承知ですけど。ヘタレだしむかつくしヘタレだしオタクだしヘタレだしカッコ悪いことなんて分かってっけど、それなら俺が理解してやってもいいかなって優しい気持ちで…………いや、ちげーな、うん。
ただ、アレなだけだ。気になるだけだ。あー、死ね。うぜー。
オタクというものに、もとより偏見なんかない。クラスの女子にもそーいう子はいっぱいいるし、友達にもオタクっぽいやつ、は、まああんまりいねーってかワカメぐらいなんだけど、なんでかあっち系の人は俺に関わってくんねーし。別にいいんだけど、俺は特に趣味もなければ没頭できることもねーし、そりゃ…知ってみたいと思うことはおかしいことじゃねーだろ。
長蛇の列に、わけわかんないぐらい背の高い男が一人並んでる姿を遠目から見るのは面白い。あいつ、何買ってくるんだろう。ただでかいってだけじゃなくて、雰囲気あるよな、ワカメのくせに。ほらみろ、あいつは気にしてないのか気付いてないのかわかんねーけど、女の子も男も振り向くぐらいには………顔は!スタイルは!外見は!すげーいいから!男としては…純粋に尊敬するっていうか、なんなんだよワカメのくせに。萌え系の映画のグッズを買いに並んでるだけなのに一人だけ目立ちやがって、アホか。かっこいいんだよ、死ね。
ワカメがグッズを買ってる姿を眺めながら柱にもたれかかって待っていると、あいつったらほんと…ある意味顔面凶器だから声もかけられるってなもんで。すげー不機嫌そうに女の子を無視してるその姿、遠目でみてるだけでウケるんだけど。…つーか、そんなに冷たくしなくていいじゃん。だからお前、周りに敵ばっかつくるんだよ。ほんと我が道を行く!って感じだよな、…羨ましいよ全くさ。
人の目を気にして、気にして、気にして。当たり障りなく平凡に、できればちょっと楽しいぐらいがちょうどいいから、それなりに演技もするしノリだって覚えた。ついでに上手い交わし方、なんてのも。計算ばっかして俺には自分ってのが薄い、から、あいつみたいな生き方は怖くてできない。
好きなもんは好き、嫌いなもんは嫌い、態度に出せるってすげー事だよ。それが正しいかどうかはわかんねーけど、人間関係うまくやっていくためには不正解かもしれないけど。でも、きっとワカメはそんなこともごちゃごちゃ考えてないんだろうな。
俺にはない、俺にはできない、そんな姿を見るたびに胸がくるしくなる。嫉妬に近いっていうか、自己嫌悪に近いっていうか。だからワカメって嫌いなんだ。…だから惹かれんのかもしれないけど。
ワカメがレジに並んでるのを見ていると、「ねぇ」と右隣から声。顔を上げるとそこにいたのは今時ってかんじの女の子が二人。見たところ年上っぽい、自慢じゃないけど。俺もこういう風に声をかけられるコトはそこそこあるんだよな。す、と冷えていく心を隠すように、目を細めて笑顔を作る。
「一人で何してるの?暇ならご飯食べにいこうよ!」
逆ナンってのはさぁ。
ワカメとこういう関係になる前から苦手で。友達が増えるってんならいいんだけど、そこに隠れてんのは女の下心でしょ。交わし方は覚えてきた。ワカメのように無視、なんてそんなことは出来ないから、思考回路をハジメマシテ用に切り替える。
「ごめん?!今友達待ちなんスよ、せっかく可愛い女の子に声かけて貰ったのに超残念!友達恨むわ?」
ええ、ハナから行くつもりなんてないですけども。
「え!じゃあ友達も一緒にいこ?」
「ははっ、ナイス!だけど俺の友達、すげー女の子に慣れてないから勘弁してやって下さい」
「やだ、かわいー!君高校生でしょ?制服だし。奢ってあげるよオネーサンが!」
「まじすかー!めちゃくちゃ魅力的なんだけど、うあー、また今度どっかで会ったら声かけて下さいよ!」
「確立低っ!おもしろーい!ね、ライン教えて?連絡するから」
しつこい!マジ勘弁!
あーもう、でもコレ、切り抜けるためにはライン教えたほうが早いよな。んで、即座にブロックしたらいいか。ため息が出そうになるのを抑えてポケットからスマホを出そうとすると、誰かに腕を抑えられた。
………ワカメ様。
「なにやってんのお前」
声低っ。
ワカメの顔は不機嫌もいいとこで、俺はとりあえずハジメマシテ用の表情を崩さない。説明はめんどくさい、いいから察してくれ。そして俺を助けろ。そんな俺の気持ちにワカメが気付くほど察しがいい奴とは思えないけど。
女の子ってのはいろんな意味で素直で馬鹿っぽいといいますか。ワカメの登場にテンション上げちゃってまぁ。すげぇよなぁ、さっきまで俺に色目使ってたくせに、今はもうワカメに目がハートだ。
「最近の高校生レベル高ーい!」
って、うるせぇよ。こいつは別格だってば!
状況は察しましたかワカメくん。チッと舌打ち、そして俺の腕を掴んだ手をそろそろ離してくれ。
「今ね、そっちの子に連絡先きいてたんだけど君も教えて?」
ふざけんな、んなことさせるか!
「ちょっとー!オネーサン?浮気ー?」
そーいうのは俺だけにしてよ。自分がつきまとわれんのと、ワカメがつきまとわれんのでは心の余裕が違うっていうか。フツーにムカつくんで。そういうの。「あははっ、君もその気じゃん!」って、前歯むき出しにして笑ってんじゃねぇよ馬鹿女!
ワカメに色目つかった時点で、俺の中からはめんどくさい逆ナン女からただの敵に早変わり。だめだ、だめだめ、俺余裕ない。落ち着け。こういうときは俺が連絡先教えて退散すんのが一番早くこの場をなんとかできる。だからワカメたのむから俺の腕離して、力強いんだよお前!
「連絡先なぁ。教えてもいいけど」
おいおい嘘だろ。ワカメの口から出てきたまさかのその言葉にびっくりした。は?って顔でワカメを見ても、ワカメの視線は俺じゃなくて女の子二人組に向いたまま動かない。俺の腕を掴んで離さないその手とは反対側の、グッズを買ってきた袋を持った手でそのままズボンのポケットからアイフォンを取り出す。おい、まて、嘘だろ、嫌なんだけど。
「やった!私たちもしかして脈ありかなー?」
「…は?言っとくけど、俺。あんたらみたいな尻の軽そうな女に返事返すほど安くねーよ」
「…え?」
「脈あり?とかなんの冗談?クソつまんねーから消えれば」
ワカメの、目が。冷たい。
冷え切ったその目と、低いその声に俺もフォローができない。女の子達もやっとワカメの言葉を理解したのか「なにそれ!気分悪い!」「もーいこいこー!」なんていいながら俺たちに背を向けて、ヒールを鳴らして去って行った。
まって、ワカメって何者なの。つーか、こいつ女の子苦手なんじゃなかったっけ。そんな酷い言葉よくスラスラ出てきたな、いや、それより、あしらい方の手慣れてる感じがなんか、流石っていうか。あ、やだ俺、なんかすげぇ苦しい。
「お前馬鹿じゃね。なに連絡先教えようとしてんだよ、浮気か?殺すぞ」
「んなもんブロックしたらいいだけの話だし!さっさと切り抜けようと思って、」
「これだからチャラ男は!あーいうのはしつけーんだよ!」
「わ、わかってるよ!だからってそんな、あの子ら傷つけんのもアレだし」
「はぁ?思わせぶりな態度とってブロックされたほうが傷つくだろ!つーか俺が傷つくわ!」
バシッと頭をはたかれた。痛いんですけど。でもワカメの言ってることもまぁ一理あるっつーか、言い返せない。だから俺は、そうやって生きてきたんだって。うまいこと立ち回ってやってきたんだって。でも、結局お前に助けられてなにやってんだって感じだよな。苦しい。何に苦しいって、お前が俺よりはるかにこう言う時の対処法を知ってることとか、俺の情けなさが浮き彫りになっちゃったとことか、もうなんか、総合して俺かっこ悪い。
「女に連絡先教えたら浮気とみなす。半殺しの刑。ムカつくから」
「……なんだよそれ…」
「俺が今、モモちゃんグッズでテンション上がってなかったら現行犯逮捕してたとこだわ」
「…怒ってんの?」
「100%中180%ぐらい怒ってる」
「メーター振り切ってんじゃねーか」
「晩飯にフレンチ奢れ、さもなくば許さねぇ」
「それは何かがおかしいだろ!お前エスカルゴとか食えんの?」
「…無理かも」
だってカタツムリだし、と言いながらワカメがちょっと笑ってんのがさ、胸の苦しさにトドメを刺してきます。怒ってないじゃん、全然怒ってないじゃん。
俺がお前の内面を、趣味を、理解して受け入れてやろうと思った気持ちと一緒かなぁ。お前も俺の、ダメなとこ。許してくれんのかなぁ。
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