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ご機嫌ですね
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俺の彼氏はイケメンだ。
小綺麗な顔してるくせに、それを隠すように伸ばされた髪。逆に色気放ってっから!って誰か教えてやって。
背も高いし、筋肉だって同期のもんとは思えない。だけどオタクってアホか、どんなギャップだよ。
こんなことになるはずじゃなかった。大嫌いだった。俺のことを大嫌いって最初に言い出したのもワカメの方だし、なにかと喧嘩売ってくるし、ムカつくし、なんかデカいし、ほんと嫌いだった。あわよくば死ねよぐらいは思ってた。けど。
以外と優しい。
以外と照れ屋。
以外と甘えた。
以外と嫉妬深い。
以外と、……俺のことが すき。
そんなこと、知ってしまったら。
俺がこのもじゃもじゃチン毛天パワカメを嫌いになれるわけがない。
俺に向ける顔はいつも眉間にシワがよっていた。そんなに嫌いか、俺が。って、イライラしていた。その理由が分かったときにはワカメにファーストキスを奪われて、確信したときには不恰好な告白をされ、今では困ったことに俺の…好きな人、だ。こんなはずじゃなかった。
いちいちドキドキして、いちいち寂しくなって、悲しくなって、いちいち心臓痛くして、いちいち胸が苦しいなんて。こんなはずじゃなかった。女の子と適当に付き合って、適当に上手くやって、適当に結婚して…ってのをずっと想像してたから、そろそろ限界。よくわかんなくなって困る。俺、困ってるよ。ワカメくん。
さっきだってそう。だってワカメ、笑ってた。そんなふうに、俺の前で笑ったの初めてじゃねーのってぐらい、穏やかに笑ってた。ついでにどうしようもなく情けない俺を助けてくれた。
好きになるわけがない!は、いつのまにか、好きにならないわけがない!に変わっていた。もうどーなってんの俺、バカじゃないの、ほんと意味不明だし。
真っ黒のコートに突っ込まれた手、左利きのくせに俺の右側を歩くバカ。それじゃ、不便だろ。利き手側を相手に任せるって、信頼の証拠らしいぜバカ。あいにく俺は優れた両利きなもんで。…なんだよ、バカ。
映画館から出て、駅までの道のりを無言で歩いた。無言、は、うそ。ぽつ、ぽつ、いろいろ喋りながら歩く。初めて一緒に帰った帰り道は、ワカメの歩幅がデカくて合わせることが大変だった。ちょっと小走りになったぐらいだ。ムカつくことに御御足も長い、クソワカメ。それが今じゃ、俺の歩幅に合わせてくれてんのか、気つかってんのか、なんなのか。ゆっくりと歩いてくれる。相変わらず俺より一歩だけ、前を歩いているけれど。
「…結局、テスト追試だったけど、デートしちゃったな。」
と、言うと。ワカメはマフラーに顔を埋めたまま、少し振り返って俺に視線を寄越す。おい、んな困った顔すんなよ。
「次はどこ行く。」
「…え?」
「だーかーら!次!次はどこに行きてーの!」
眉間に、シワ。普段は声を張り上げたりしないくせに、んなデカい声だしちゃって。だから普段はクールだね、とか言われるんだよ。ただ無関心なだけのくせに、顔がいいだけで超上乗せされたイメージだな。つーか、次ってなに?次って。訳わかんない。
「あ?このあと?このあとはなー」
「ちっげーよバカ。てめぇ、この先一生遊びにいかねーつもりなの?」
「あ、……えー。意外だな、お前がそんなこというの」
「うるせーよ殺すぞ。」
なあ、なんでそんなご機嫌なの。今日はよく笑うね、死ねよ。お前がむっすりした顔してないだけで俺、結構大ダメージくらってんですけど。いちいちイケメンなんだよ、なんなのその顔のパーツ、交換してくれよくそが。
…顔も、顔だけど。ワカメが笑ってんのが純粋に嬉しいかもしれない。なんだこの気持ち、初恋みたいなむずがゆさにイライラするんだけど。そっか。俺、そうだったな。こいつが好きなんだよな、好きってそういうことか。ムカつくぜほんと。軽トラに跳ねられて死ねよ。嘘だよ。うぜー。あー、うぜー。
単純に、女の子と付き合うのとは訳が違う。だってこいつに子宮ついてない。もちろん俺にもない。
つまり、将来もない。
お母さんに、ワカメと付き合ってるんだ なんて言ったらきっと卒倒する。葵だってきっと、「お兄ちゃん変だよ」なんて言ってくるんだろう。行ちゃんは、きっと笑ってくれるんだろうけど。俺とこいつに華やかな未来はない。どっちがウェディングドレス着るの?ある意味ネタなんだけど?
…なーんて、そんな先のこと考えてどーすんだ。五年後、十年後、悩めばいいだけだし。もしかしたらその時こいつの隣にいるのが俺とは限らないわけだし。…やだな。そんなの。
「なに葬式前日みたいな顔してんだよ。お前なんか今日おとなしいね」
枯れ葉がいっぱいの道を、ざくざく歩いてるだけ。枯れ葉の存在を風景と同化できるぐらい、俺は下を向いて歩いてたらしい。違う、違うんだよ。なんで俺、お前なんか好きになっちゃったんだ。なんでお前、俺を好きになっちゃったんだ。怖くないのかよ、お前。俺、自分がこんなに女々しいと思ってなかったし、知りたくなかったんだけど。
キスもした。抱きしめあった。えっちなこともした。…今日は、手、握ってくれた。左手だ。利き手で、俺の手ェ握ってくれた。不便だっただろうに、上映中一度も離さなかった。…もうほんと、嫌になるぐらいハマってんのがわかるから、俺は怖いよお前が。お前を想うだけでこんなになっちゃう俺が。
「お前なんで俺なの」
「は?脈絡なさすぎて意味不明だけど、お前はなんで俺なの?」
「わかんねーもんだよな、こうなる予定なんてなかったんだけど全部お前のせい」
「なんだ、んなこと考えてたのかよ。腹でも下したのかと思った。カルピスの飲み過ぎで」
「んなわけねーだろ干すぞマジで!」
「いや、マジで何でかよくわかんねーからその質問パス。つーかんなこと聞いてくんなよ、不本意だけど俺がお前を選んだの!いちいちイライラさせられて困ってんの俺だから!必死んなってんの、俺だから!」
なんだよ。なんだよ。必死なの?お前が?ゲームの画面と大親友のお前が?コミュ力のカケラもないお前が?なにそれウケる。…う、け、な、い!笑えないわ!恥ずかしいじゃねーか、なぁ!なんで!そんなにーご機嫌なの!
「俺めんどくせー!!」
「うわ、びっくりした。でけぇ声だすなよ!」
「お前、さっき助けてくれたのも、必死だから?」
「もーーー喋んな!!くっそ、俺が今テンション高くなかったらお前のようなハナクソティッシュにくるんでゴミ箱にポイだよ、ポイ!」
「はぁ?俺だって今テンション高くなかったらなぁ!お前なんか乾燥ワカメにして、ワカメスープに使ってやるよバカ!!」
「つーか!お前そろそろそのワカメっての辞めれば?!」
「な、っ………なんで?!ワカメはワカメだろ!嫌なら髪切れ!ストパー当てて出直せ!」
「んなことしたらお前また俺に惚れんぞ?!いいのか?!いいんだな?!」
「うぬぼれも大概にしろよ!!ぺたんこ頭バカにしてやるよバーカ!!」
お前の!!!名前なんか!!!呼べるかよ!!!
ずっとワカメって呼んできたんだ、アホ、アホ、アホ!いきなりそんな……いきなり、じゃねぇけど。ほんな、の、は、手ぇつなぐより、キスするより、恥ずかしいんだよ、分かれよ。分かってるくせに意地悪いうのやめてくんねーかな!お前が俺の名前呼ぶだけで爆発しそうなこと、知ってるくせに!!
「この腰抜けエセチャラ男!」
「んだとコラ!!お前なんかチンゲ頭から生やしてるくせに!っ、て、うわっ!」
「バカじゃねーの!あぶねーなお前!歩き方変なんじゃね?!」
勢い余ってワカメの踵を蹴ってしまった。そしてつまづいて、ワカメの肩に頭をぶつける。なんつーマヌケ。体制を整えて歩きだそうとしたら、ワカメはポケットから手を出していた。
「ん」
「…ん?」
「また踵、蹴られたら困る。」
そう言って、俺の右手はワカメの左手に包まれた。手、でけーな。って、違う!違う!
「な!に!考えてんだよ、ここ、道端!」
「はぁ?だからなに?」
「だからなにって、……この俺様コミュ障!…変な目で見られんじゃん」
「あ?なんで?お前、俺の、なんですか?」
「……………彼氏?」
「はっ。んじゃ問題なくね」
俺様何様柳様、やっぱ強いわ。俺がさっき頭悩ませてたのがほんっとバカみてぇ。
握られた手をそのままに、ざくざく、ざくざく。道を歩く。会話は途切れた。スレ違う人の目が痛い、けど、もういいや。
「晩飯どうすんのワカメ」
無言に耐えきれなくてそう言うと、ワカメは間を置いて、ぽりぽりと右手で頭をかいた。それをじっと見つめていると、目線がこっちをチラリ。
「…うち、今日親いないけど。」
あ。……うん。
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