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空欄の解答用紙
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裏庭は寒い。冷えた手をポケットにつっこんで、ゆらゆら揺れる煙を眺める。古賀ちゃんのヘビースモーカー、可愛い顔して吸ってるタバコは重い。
「柳も松も、わっかりやすいさ」
口元に手をもっていく、タバコを吸うその仕草の端で見える上がった口角、古賀ちゃんの笑い方はまるで俺が日常的に振舞ってるそれと同じ、ほとに心から笑ったことある?同族だな、と思う反面、俺より上手く笑えない古賀ちゃんに少しの同情。わっかりやすいのはお前だ と言ったら、どんな顔すんのかな。でかい目を歪めて、笑うかな。
出会い方も別に運命的なものじゃなかった。なんとなく仲良くなって、なんとなくつるんで、気がつけば一番近い友達。そんなありきたりな流れでここまで来たのに、なにをどう間違って俺をそういう目でみるようになっちゃったんだよ、古賀ちゃん。
「柳って笑顔に弱いんだ?松もそーやって柳をメロメロにしたんさ?」
「とんだ語弊ー。知らねーよあいつが何に弱いのか。別にメロメロにした覚えもねーけどな」
「あっそう、じゃあ松が柳にメロメロか、このリア充め」
「ざっけんな、ナシだわー」
どういう気持ちで、俺たち二人を見てきたんですか。片や友達、片や片思いしてる人、その二人が付き合ってしまうというのは、どんな気持ちなんですか。やっぱり恋愛に方程式は存在しない、答えが一つなら迷わない?いやいや、迷いますから。難解な問題は嫌になる、問題文が長いと考えることを諦める、ひどい時は空欄にしてしまう、俺とワカメの式に古賀ちゃんは当てはまらない。答えは出ているのに、俺と古賀ちゃんの問題は空欄のままだ。俺が答えを書けないから、というより、問題文がむちゃくちゃでモザイクまでかかっているから 解けない。
「俺は笑顔に弱いって知ってた?」
「まじか。知らなかったわ」
「罪だねー」
煙が目に染みるから俯いている、というのは口実で、古賀ちゃんが突然問題文にかかったモザイクを消しゴムで消してしまうんじゃないかっていう不安から。問題が分かれば答えは簡単。一言「ごめんなさい」 それで解答を埋めるだけ。
男がすきなわけじゃない、誰でもいいわけじゃない、今の俺はあいつじゃなきゃむり、あんなに恥ずかしくなって触りたくなって胸がくるしくなるのに、他の人間に同じものを求めたりはできない。
すきだよ古賀ちゃん。でも、お前が俺に対して感じてる好きとは全然違う。
古賀ちゃんが笑顔に弱いのは俺のせい?なぁ、そうだよな、そんなこと絶対言わないじゃん。古賀ちゃんは恋愛にドライだと思ってた。彼女を大事にしてるとこなんて見たことない。「最近彼女とどう?」ってきいても、「別れた」って返ってくるのが日常的で。ころころと変わる古賀ちゃんの隣と、俺の笑い声はセットだった。極端に短い古賀ちゃんのフリー期間、それが今じゃあもう半年、半年。季節が二つ変わった。
その間、ずっと想い続けてるのは誰。知ってる、俺だろ。
知らないふりしてごめん、言葉と態度で古賀ちゃんの心臓をぐさぐさと刺してる自覚はある。
早く諦めて、もう忘れて、俺にはお前じゃないように、きっと古賀ちゃんにも俺じゃない。今は俺がその目に映って消えないだけ、そうだろ、少しずつ薄れて、どうか古賀ちゃんが幸せになりますように。
古賀ちゃんの拳を握るくせ。我慢してるときと泣きそうな時のくせ。それもはやく治るといいな。俯くなよ、タバコの灰がながくなってる。目に染みるよ、古賀ちゃん。それを口実に泣いてくれたら、ちょっとはこの罪悪感から逃れられっかな。
「柳のこと好きなくせに、二人とも意地っ張りで見てていい加減イライラするっつーの、まったく。こんな友達二人の間に挟まれてる俺の気持ちも考えてほしいもんさ」
呆れ顔に、木の枝の影がおちる。
「ごめんって。古賀ちゃんが俺たちの友達でよかったよ。」
俺は、ずるい。性格も悪い。できることなら事無きことを望む、できるだけ楽な道を選ぶ。誰かを傷つけても、この言葉が。古賀ちゃんの。口を塞ぐことになっても、だ。
真っ白な解答用紙。問題文は二つだけ。
問一、松涼介イコールY。Yを求めよ。
問二、古賀匡紀がXに×××である。×××を求めよ。
答えは一つし書かない。赤点覚悟で問一だけ、小さな字で書くのはカタカナ三文字、それだけだ。
「…しゃーねぇなぁ、これからもあんたらの喧嘩見て茶々入れしてやんよ」
「古賀ちゃんの茶々入れとか火に油を注ぐようなもんだかんな?わかってやってんだろ!」
「もっちろーん、あったりまえだろ?これほど面白いことねーから!」
「まじイイ性格してるな?…ってか、さっきはほんと、ありがと」
「いーまーさーらー!気ィつけんだよ、ミワコはかなり本気みたいさ」
「ははっ、いーよ。負けねぇし」
残酷な言葉の羅列、ごめん傷つけて。ごめんもうこれ以上傷つけないようにすっから、お願いだから笑わないで。頼むからそんな、いつも通り を装うなよ。胸がくるしくなるのは、ときめきだけじゃない。よくわかったよ、ありがとう。
「お幸せに。」
古賀ちゃんの声は、いつもと変わらない。カチリ ライターの音を一度。今日何度目のタバコだろう、「吸いすぎだから!」というと「バンド内で宮内さんと張るヘビースモーカーですから」と、言われた。拳は握られていない、変わりに伏せられた瞼が震えてるように見えた。
「いっ、…て」
ゴシゴシと目をこする古賀ちゃんタバコが挟まれた人差し指の腹に、薄い水滴。
「目に煙入った。」
笑うのをやめない古賀ちゃんの睫毛が濡れる。嘘つき、目ぇ瞑ってたじゃん。…どこまで、優しいんだろう。どうして俺は、古賀ちゃんじゃダメなんだろう。
「だっせー!なーにが『宮内さんと張るヘビースモーカーですから』だよ、全然カッコつかねーって!」
じゃあ俺も、笑うしかねぇじゃん。古賀ちゃんが俺を想いはじめたきっかけはこの顔、この笑顔。これでこの恋を終わらせんの、せつなくねぇの、なあ古賀ちゃん、今なにを想ってる?
古賀ちゃん、古賀ちゃん。タバコが目に染みるってさ、そんなに涙止まんねぇもんなの、俺はタバコ吸わないから、知らないフリはできるけど。ぼろ ぼろ、落ちていく涙、止まらないそれから目を反らす。
タイミング良く携帯が震える。マナーモードが響く。古賀ちゃんは「携帯」と一言そういって、俺のポケットを指差した。
「………。」
「なに?柳?」
「……うん、死ねワカメ」
「はは、なんて?」
ラインの画面に一言。「コーラ」という文字。俺の携帯を覗き込んだ古賀ちゃんは爆笑、なんでこれで爆笑できんの、意味わかんねぇ。俺は唇を尖らせる。なんだよコーラって。買って来いってことかこの野郎。せっかく買っていってやろうと思ってたのに、このラインのせいでワカメの言うこと聞いて買って来たみたいじゃねーか、クソが。これだから空気の読めない男はいけねーよ。
「いけば?俺はまだここにいるさ。先輩でも呼びつけっかな」
「まだ吸う?凝りねーなぁ、…んじゃ、クソワガママなワカメのお使いしてくるわ」
「うん、バイバイ」
バイバイ、と。その手を振る古賀ちゃん。腕、太いな。手もでかいし、マメの潰れたあとがすげぇ目立つ。ずっとドラム、がんばってたもんなぁ。
「古賀ちゃん!」
立ち上がりながら。自分でもびっくりするぐらいでかい声が出た。古賀ちゃんは気にしてない顔で、「んー?」と聞き返してくる。目が赤い。ごめん。
「次のライブ呼んでよ。いくから」
「やだよ、柳と来るじゃん?箱で喧嘩されてもなー」
「バァカ、一人でいくに決まってんだろ」
「はははっ、オッケー、約束さ」
俺は、そこそこ友達がおおくて、そこそこ勉強もできて、そこそこ運動神経もよくて、そこそこ女にモテる、そこそこ人生成功してる人間。
だけどそこそこドジを踏む。
最後の最後にこの糸を、古賀ちゃんとの繋がりを断てない俺を許して。
枯れた木の葉を踏みつけて、古賀ちゃんに背をむけた。コーラ買いに行かなきゃ。コーラ、買って、仲直りして、この恋を大切にするよ。んで、ちゃんと、幸せだよっていうからさ。
鼻の奥がツンとなる、泣くな俺、俺が泣いてどうすんだ。落ちる涙を無視して、校舎の角をまがる。苦しい。苦しい。苦しい。恋は、恋愛は、関係は、友達は、苦しい。
「ありがとう、何も言わないでくれて。」
告白を、しないでくれて。
古賀ちゃん、俺、振り向かないからさ、もう笑わないで。あなたの未来に、大切な人ができますように。
「あ、もしもし?庄司さん?俺、」
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