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〃 ⑬ 純さんwith御幸
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夜明けが近いのだろう、薄く光が見える気がする。
しかし、見上げる空は随分と暗く感じる。
(夜明け前が一番暗い、って言うもんな…)
純は、グラウンドに来ていた。
ベンチに座り、3年間 汗を流した その場所を
見ていた。
(もう ここで バカみたいに練習することも、無いんだ )
朝早くから 夜遅くまで、とにかく練習した。
普通の高校生が、知ってる遊びすら知らずに、
ただただ野球に打ち込んできた。
必死で喰らいついて、自分らしさを踏み固めてきた。
声を響かせ、自分を 仲間を鼓舞してきた。
そんな日々が、終わる……
今日、これから どうしたら良いのかすら、
分からない。
起きて、顔を洗って、朝飯を食べて、それから
何をすれば良いのだ?
練習が ないなんて、何をして1日を過ごせば良いのだ?
……わからない………
途方に暮れる。
「純さん……ここに いたんですか」
「………御幸か」
「すんません、オレ……あの、キレイにしてもらって……」
「こっちこそ。……世話、掛けたな…」
「…いや……」
ほんの数時間前の、
狂気にも似た情欲を まとわりつかせていた純とは
別人のようで、御幸は戸惑う。
「隣、座っても、良いスか?」
「ああ」
ベンチに腰掛け、ふと純の横顔を見れば、
また涙が流れている。
「あの時のバットの音がよ…」
ボソリ、と純が言う。
「……はい」
「耳から離れねぇんだ……こんなに静かなのによ…」
何も言えずに、御幸は純の横顔を見つめる。
「昨日の今頃は、よ……まだ試合前で、勝つ気まんまんで……」
純が、独り言のように続ける。
「いつになったら消えてくれるんだろうなあ、
この音は……!」
言いながら、純の目からは涙が溢れてくる。
御幸にも また、聞こえてくるようだった。
あの時の成宮の打撃音が、冷たい残響となって
襲いかかってくる。
夜明け前後の肌寒さに、御幸は 純の肩を抱く。
少しずつ、空が明るくなっていく。
「やっと、昨日が、終わったか…」
純がポツリと呟く。
「オレ逹の夏は、……終わったんだ…………」
涙声で震えるように言う純に、堪らず御幸は
口づける。
冷たい唇が、陶器のようだ。
壊さないように、そっと唇を合わせる。
いつまでも忘れられない夏の日を
繋ぎとめるように…
残響に惑わされるのを、拒むように…
日の光りが2人を包んでいく。
昨日までと変わらない太陽が昇ってくる。
しかし3年生にとって、
また野球部にとって、
昨日までとは 大きく違う1日が、
新しいスタートを切らなければいけない1日が、
この夜明けから 始まる。
おしまい
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